今回は、「異次元の金融緩和」のもと、長期国債やETF、J-REITの買い入れによって、日銀が金融市場での価格形成に影響を与えている現状をお伝えします。※本連載では、専修大学経営学部の佐々木浩二准教授による著書『ファイナンス ―資金の流れから経済を読み解く―』(創成社、2016年)の中から一部を抜粋し、2013年に日本銀行が始めた「量的・質的金融緩和」について、その概要を解説します。

長期金利の低下をねらい、長期国債を買い入れ

量的・質的金融緩和では買い入れる資産の種類も多様です。まず,残存期間が長い長期国債を買い入れ,日本銀行が保有する国債の平均残存期間を7年以上にする方針を掲げました。残存期間が長い国債を買い入れて利回りを低下させ,国債の利回りをもとに決まるその他の長期金利も低下させることをねらいとしています。

 

1,000兆円規模ともいわれる市場で決まる利回りに影響を与えるには,国債を大規模に買い入れなければなりません。伝統的な金融調節に,金融市場の価格形成に影響を与える発想はありません。例外は,日本銀行が唯一の供給者である日銀当座預金を貸借するコール市場です。伝統的な金融調節の誘導目標が無担保コール翌日物の金利であるのはこのためです。

 

図表1 国債市場の価格形成(1)

ETFやJ-REITなどのリスク資産も買い入れ

残存期間が長い国債に加えて,ETFとJ-REITにも買い入れ目標額を掲げました。ETFとは価格が日経平均,TOPIX,JPXの株価指数等と連動している証券であり,J-REITとは不動産の投資収益を証券化した金融商品です。価格変動リスクと信用リスクがあるこれらの証券を買い入れるのは,投資家のリスクに対する態度を和らげてリスクプレミアムを低下させるためです。伝統的な金融調節にプレミアムを制御する発想はありません。プレミアムは投資家や金融機関の判断で決まるものと考えます。中央銀行がリスク資産を買い入れるのは,買い手が消滅し,市場が崩壊の瀬戸際に立つ緊急時に限られます。

 

図表2 リスクプレミアム

量的・質的金融緩和が「異次元」といわれるのは,伝統的な金融調節と相容れない複数の政策手段の束であるためです(2)

 

(1)中央銀行が大規模な買い手として振舞うことをWhale in a Poolと評することがある。水槽に入れられた鯨は身動きが取れないという意味であろう。

(2)長澤訳(2001,pp.226-227)に「一方には銀行家があって,彼らは経験から学んできた粗雑な経験則に固執することにより,少なくともある程度の態度の健全さを保っている。他方には,世にも最も公平無私な人びとの一団,すなわち異端者と変り者の大群があって,その数と熱心さとには驚くべきものがある」。「異端者と銀行家とを共通の理解の下に和解させるように試みることは,この問題について筆を執るすべての人の義務」である,とある。また,長澤訳(2001,p.388)に「異常な方法といっても,実際にはそれは,公開市場操作という正常な方法を,強化することでしかない。私は,公開市場操作という方法が,最後の最後まで遂行されたような例を,一つも知らない。中央銀行は,これまで常に―一部は恐らく素朴な型の数量説に影響されていたためであろうが―銀行貨幣の総量をその正常な量から,超過するにせよ不足するにせよ,著しく乖離させるような効果をもつ方策を採ることについて,非常に神経質であった。しかし私の考えでは,このような心情的傾向は,公衆の「強気」あるいは「弱気」が銀行貨幣の需要に対して演ずる役割を無視しており,そしてそれは,産業的流通に関心をもつあまりに,金融的流通を忘れ,後者〔すなわち金融的流通という貨幣残高〕が,前者とまったく同じほどの大きさのものであり,また激しく変化する可能性がはるかに大きいという統計的事実を,見落としている」とある。

 

参考文献

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ファイナンス ―資金の流れから経済を読み解く―

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佐々木 浩二

創成社

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