今回は、日銀の「異次元の金融緩和」はどの点で「異次元」なのかをお伝えします。※本連載では、専修大学経営学部の佐々木浩二准教授による著書『ファイナンス ―資金の流れから経済を読み解く―』(創成社、2016年)の中から一部を抜粋し、2013年に日本銀行が始めた「量的・質的金融緩和」について、その概要を解説します。

「異次元」はおおげさな形容詞ではない

2013年に日銀が実施した2段階の金融緩和は,一般の人たちにおおむね好意的に受け止められましたが,伝統的な金融調節の方針に慣れ親しんだ経済学者や市場関係者には,ある種の懐疑が広がりました。以下,図表1にそって伝統的な金融調節と量的・質的金融緩和の違いをみましょう。

 

図表1 伝統的な政策と異次元の政策

まず,量的・質的金融緩和はマネタリーベースを2年で2倍以上にする方針を掲げました。マネタリーベースとは,本書(本コラム出典元である『ファイナンス ―資金の流れから経済を読み解く―』創成社)でハイパワードマネーと表記しているもので,発行日本銀行券,流通貨幣,日銀当座預金の総額です。伝統的な金融調節にハイパワードマネーを能動的に調節する発想はありません。日銀当座預金の総額の増減を打ち消すように,金融を受動的に調節します。

 

また,ハイパワードマネーを2年で2倍にするのは,異様に感じられます。「異次元」はおおげさな形容詞ではありません。準備預金制度で預金の130分の1の日銀当座預金を保有することが義務づけられているときに日銀当座預金を60兆円増やせば,預金は最大で60兆円×130=7,800兆円増えることになります。日銀当座預金を80兆円増やせば,預金は最大で80兆円×130=1京400兆円増えることになります。「量的・質的金融緩和でハイパーインフレになる」という人がいますが,この机上の計算が現実のものとなれば,高インフレになるのは間違いありません。反対に,爆発的な信用創造が起きないのであれば,巨額の日銀当座預金を供給する理由は見当たらなくなります。

 

図表2 ハイパワードマネーの拡張(1)

日銀当座預金の総額を増やすために国債を大量買い入れ

量的・質的金融緩和はまた,国債を大量に買い入れる方針を掲げました。伝統的な金融調節に,日銀当座預金の総額を増やすために国債を買い入れる発想はありません。日本銀行券発行高を上回らない範囲で国債を買い入れます。日本銀行は,無利子の負債と有利子の資産との利回り差から利益を得ますので,無利子の日本銀行券の見合いに有利子の国債を保有するのは賢明な判断です。

 

考えを少し拡張して,預金も趨勢的に増えるとみて,銀行券発行高に法定準備預金額を加えた額まで国債を買い入れることもできるでしょう。ただし,いずれのルールもマネーの見合いに何を保有すれば日本銀行が利益を得られるかという考えに基づきます。日銀当座預金の総額を増やすために国債を買い入れるのは,財政ファイナンスでありタブーとされています。

 

図表3 長期国債の買い入れ(2)

(1)準備預金制度における準備率を政策手段とする「より伝統的な」立場では,日銀当座預金の総額の増加は準備率の引き上げによって生じると考えるので,金融を緩和するために日銀当座預金を増やすという方針に違和感を感じたかもしれない。吉野他(1993)を参照。

(2)日本銀行金融市場局(2009,pp.26-28)のBOX 2を参照して作成。

 

参考文献

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・Keynes, John Maynard著,小泉明・長澤惟恭訳『貨幣論Ⅰ 貨幣の純粋理論』ケインズ全集第5巻,東洋経済新報社,2001年。

・Keynes, John Maynard著,長澤惟恭訳『貨幣論Ⅱ 貨幣の応用理論』ケインズ全集第6巻,東洋経済新報社,2001年。

・Keynes, John Maynard著,間宮陽介訳『雇用,利子および貨幣の一般理論』下巻,岩波書店,2009年。

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