(※写真はイメージです/PIXTA)

「財産」とひとえに言っても土地、建物、現金、株式……などさまざまな種類があります。認知症と診断され、そうした財産の管理に支障が生じてしまうと、家族内の混乱を招きかねないため、対策をしておくことが重要です。ただし、ここで注意すべきなのが、財産の種類ごとに対策を検討する必要があるということです。本記事では、実務に精通した弁護士陣による著書『依頼者の争族を防ぐための ケーススタディ遺言・相続の法律実務』(ぎょうせい)より、財産の種類に応じた事前対策について、事例をもとに解説します。

認知症になるのが不安…事前対策をしておきたい

【相談の概要】

A(75歳)は、資産として自宅用土地・建物、収益用土地・建物、現金を有しています。Aには、妻B(70歳)と長男C(45歳)がいます。AとBは、年金の他は、収益用不動産から生じる賃料収入で生活をしています。Cは、AとBの近くに住み、長年、収益用不動産の管理を手伝っていました。

 

Aは、加齢とともに、物忘れも目立ち始め、将来、さらに判断能力が低下したときのことを心配しています。Aが、上記の資産の他、定期預金、畑、上場株式、借地権を有している場合はどうでしょうか。

 

【相談を受けた弁護士の回答】

Aが有する資産の管理のために、信託契約を締結することが考えられます。この場合、受託者は、AとBの近くに住み、従前から不動産の管理を手伝ってきたCが適任です。定期預金、畑、上場株式、借地権については、信託が利用できない可能性があるので、これらの資産については、別途、任意後見契約の手続きを検討することが考えられます。

1.背景

進む高齢化…認知症対策がますます重要に

ご相談のように、高齢者が判断能力の衰えを出発点として、財産管理の対策を検討する事例は増えてきています。今後、高齢化社会の進展とともに、このような事例は益々増加すると考えられます。

 

高齢者が十分な判断能力を有するうちは、問題はあまり生じません。しかし、高齢者の判断能力が衰えてきた場合に、財産の管理に支障が生じる事態が想定されます。例えば、金融機関から預金を引き出そうとする場合や、所有する不動産に修繕の必要が生じた場合など、財産の所有者に十分な判断能力がなければ、適切な対応ができない場面が生じることになります。

2.具体的な方策

認知症の事前対策には「任意後見・民事信託」が有効

(1)任意後見

本人に十分な判断能力があるうちに、本人の判断能力が低下した場合に備えて、あらかじめ本人が自ら任意後見人を選任し、代理すべき事項を定めて、任意後見契約を締結しておくことができます。

 

任意後見契約は、公正証書で行い(任意後見契約に関する法律3条)、本人の判断能力が不十分となった場合、本人の親族等が家庭裁判所に任意後見監督人の選任を請求します(任意後見契約に関する法律4条1項)。任意後見契約は、任意後見監督人が選任された時からその効力を生じることになります(任意後見契約に関する法律2条1号)。

 

(2)民事信託

本人の判断能力が十分なうちに、本人が受託者と信託契約を締結し、受託者が高齢者のために財産の管理することができます。受託者は財産の所有者として、自らの名義で、各種の契約や手続きを行うことになります。

 

(3)任意後見と民事信託の差異

任意後見では任意後見人が、民事信託では受託者が、各種の手続きを行うことになります。例えば、金融機関との預金契約の締結、不動産の修繕や改築のための請負契約の締結、収益用不動産のテナントに債務不履行があった場合の解除の意思表示、不動産業者との間の媒介契約の締結、新たなテナントとの間の賃貸借契約の締結などがあります。

 

ここで、任意後見では任意後見人は本人の代理人となるのに対し、民事信託では受託者は自らの名義で各種の手続きを行う点に違いがあります。また、任意後見は、本人の財産管理に加えて本人の療養看護などの身上保護も対象となるのに対し、民事信託は財産管理及び財産承継を行えますが、受益者の身上保護は対象とすることはできません。

 

(4)今回の事例の場合

本事例では、本人の療養看護などの身上保護の必要性はないと思われるので、任意後見よりも柔軟な民事信託を検討することが望ましいと考えられます。

4.「民事信託」に適する財産

(1)高齢者に対する特殊詐欺

近年、高齢者の財産を狙った詐欺犯罪が多発しています。振り込め詐欺に代表されるように、高齢者は、犯罪者の要求に応じて、金銭などを騙し取られてしまうことがあります。

 

(2)成年後見

法定後見では、高齢者本人が財産管理権限を有しているので、本人が詐欺などの不当な契約を締結した場合には、法定後見人による取消権の行使などで対応することになります。しかしながら、詐欺などの犯罪の場合、そもそも相手方を特定することが困難な場合も多く、仮に相手方を特定できたとしても、その相手方が弁済するため十分な資力を有しているかどうかわかりません。

 

任意後見では、本人の行為能力は制限されず、本人は財産管理権限を有しています。仮に、本人が詐欺被害に遭ったとしても、法定後見と違って任意後見人には取消権がありません。そこで、任意後見において取り得る方策は、任意後見人が本人通帳や通帳印を預かるなど事実上の対応に限られてしまうことになります。

 

(3)民事信託の活用

民事信託では、信託財産とした財産の所有権が、委託者から受託者に移転することになります。そのため、委託者である高齢者が詐欺にあっても、高齢者の手元には財産自体が存在しないため、被害を防ぐことができます。

 

成年後見は、高齢者の財産を事後的に保護しようという法律上の仕組みであるのに対し、民事信託は、高齢者の財産を事前に保護する法律上の仕組みということができます。

 

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※本連載は、東京弁護士会弁護士業務改革委員会 遺言相続法律支援プロジェクトチーム編集の、『依頼者の争族を防ぐための ケーススタディ遺言・相続の法律実務』(ぎょうせい)より一部を抜粋し、再編集したものです。

依頼者の争族を防ぐための ケーススタディ遺言・相続の法律実務

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