本連載は、司法書士・河合保弘氏の著書、『種類株式&民事信託を活用した戦略的事業承継の実践と手法』(日本法令)の中から一部を抜粋し、種類株式や民事信託などを活用した具体的な事業承継対策について、様々な実例を用いて解説していきます。

DESの活用で一気に自己資本比率が向上

前回の続きです。特殊な事情を含む事業承継の局面で、専門家から「取得請求権付株式」の提案を受けた事例の具体的な解決策とその後の経過について見ていきましょう。

 

前回ご紹介したように、M社からT社に対する2,000万円全額の債務免除や無利息貸付は困難であることから、債務免除を1,000万円に止めた上で、M社がT社の発行する新株を引き受け、その代金を金銭1,000万円と債務免除の残額1,000万円の合計2,000万円として400株を発行(1株の価格5万円)し、さらに現在の発行済株式数が200株であることに配慮して、新規に発行するすべての株式を取得請求権付株式かつ議決権制限・配当優先株式とするとの提案がなされました。

 

このように買掛金や借入金等の債務を免除してもらい、免除相当額を新株発行に対する払込み代金に充当する方法を「債務の資本組入れ」または「DES(デット・エクイティ・スワップ)」と言い、企業再生や組織再編の局面で用いられています。

 

 

[図表1]取得請求権付株式の活用

[図表2]関係仕訳

 

この方法であれば、発行する株式の価格が不当なものでない限り、債務免除益は計上されず、受入側企業にとっては負債が純資産に振り替えられることとなるので、一気に自己資本比率が向上して財務状態が良化することになります。

 

今回の事例では、債務の一部を債務免除益として損益計算書上の利益を捻出し、その残額を出資に振り替えることによって貸借対照表上の債務超過を回避し、さらに必要な金額を現金出資することによって資金繰りを改善するという、極めて複合的な支援方法を採用したということです。

 

このケースでは、T社とM社との間に強い信頼関係があり、かつT社の資金繰りの危機は一時的なものであって、新規受注によって確実に解消する見込みがあるので、M社が支援を決めたものですが、今後M社が資金の回収を図る機会を確保するため、取得請求権付株式の取得請求価格を「時価」とすることによって、両社にとってT社の経営改善がメリットをもたらすような設計となっています。

「取得請求権付株式」はいずれ資金調達の切り札に!?

T社はM社からの現金出資1,000万円を得たので、それと手持資金を足したものを原資として不渡手形にかかる不足資金分の解消と、機械の修繕や設備の更新を行った上で、新規の受注を成約して数か月後には資金が入ってくることに決まりました。

 

またM社による1,000万円の債務免除によって、T社の今期決算は黒字となり、債務超過状態への転落も免れたため、メインバンクも必要であれば追加融資を行うことを約束してくれています。

 

M社は、将来においてT社の事業が再建され、時価が上昇した時には取得請求権を行使して出資した資金を回収する予定であり、免除した買掛金相当額を上回る時価の上昇を目指して支援を続ける予定です。

 

 

ただし、会社法には「財源規制」という制度が設けられており、取得請求が行われた場合に、会社の剰余金の範囲でその支払を行うことができなければ、取得請求が成立しないことになっていますので、このケースでは念のためということで、もしT社がM社からの取得請求に応じられない場合には、T社代表取締役個人が代わりにその請求に応えるという「株主間契約」を併用しています。

 

取得請求権付株式は、我が国では全く普及するに至っていませんが、今後は資金調達の切り札として活用されて行くことになるであろうかと思います。

 

実際、我が国の個人資産家が所持している現金資産は想像以上の多額であり、それを活用する場面がないために「タンス預金」となっているケースが多く見られるますが、そういった休眠している資金を、例えば地元の信頼できる中小企業の経営を支援するための投資資金として活用することによって、地方経済の活性化にも繋がるのではないでしょうか。

 

著者は、これを「地域エクイティ計画」と呼んでいますが、中小企業に対する直接金融という、我が国では未開拓の分野において、取得請求権付株式が持つ役割が、今後必ず注目を集めることになると思われます。

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    本連載は、2015年3月30日刊行の書籍『種類株式&民事信託を活用した戦略的事業承継の実践と手法』から抜粋したものです。その後の税制改正等、最新の内容には対応していない可能性もございますので、あらかじめご了承ください。

    種類株式&民事信託を活用した 戦略的事業承継の実践と手法

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    河合 保弘

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