イギリスの歴史を題材に占う「日本株」の今後とは?

今後の日本経済を見る上で参考になるのが、70年代のイギリスです。今回は、イギリスの歴史を題材として、日本経済の未来を予測してみます。

かつての経済大国の姿を失ったイギリスは・・・

今後、はたして日本経済がどうなるのか。その答えを70年代のイギリスに見ることができます。日本とイギリスとは、ともに周囲を海に囲まれた島国であり、伝統を大切にする国であり、大陸の国家とは一線を引いているところがよく似ています。

 

イギリスという国は、世界に先駆けて18世紀末に産業革命を達成したこともあり、大英帝国と呼ばれるほど強固な地位を築きました。19世紀の世界におけるイギリスの地位は現在のアメリカのようなものだったといえば分かりやすいかもしれません。イギリスの通貨ポンドは世界初の国際通貨であり、世界中の貿易決済に用いられていました。

 

しかし、産業革命の波が他の国に及び始めると、工業生産において徐々に差を縮められ、また二つの大戦によって疲弊するとともに多くの植民地を独立によって失った結果、第二次世界大戦後はアメリカに世界のリーダーの座を明け渡してしまいます。

 

世界経済のリーダーという大役を降りたイギリスは、その後、福祉国家の道を歩みます。「ゆりかごから墓場まで」といわれたイギリスの福祉政策は諸国の羨望の的となりました。しかし、社会民主主義を志向したイギリスが石炭やガス、鉄道、航空、通信などの重要産業を国有化した結果、経済における競争意識が薄れて、経済の停滞が始まります。

 

1956年から70年というのは、日本は高度経済成長期で9.7%の実質GDP成長率を記録した頃です。同じ頃、ドイツ4.4%、フランス5.4%と軒並み世界経済が好調のなか、イギリスは3.1%と低成長にあえぎました。貿易赤字が拡大し、ポンドはどんどん安くなりました。

 

「イギリス病」「老大国」などと揶揄されたその姿は、失われた20年における日本の姿とそのまま重なります。日本もまた、中国など周辺アジア諸国の追い上げにあい、かつての経済大国の姿が見る影もなくなっています。

サッチャー氏による「構造改革」が転機に

そんなイギリスを変えたのは、1979年に労働党に代わって政権を奪取し、イギリス初の女性首相となった保守党のマーガレット・サッチャー氏です。

 

サッチャー氏が行ったのはいわゆる新自由主義による構造改革でした。国営であるがために競争力のなくなっていた、電話・ガス・空港・航空・水道などの事業を民営化し、規制緩和を行って外国資本の参入を容易にすることで国内企業に競争を促しました。また、所得税と法人税を大きく引き下げるとともに、付加価値税(消費税)を8%から15%に引き上げました。

 

またインフレ抑制のために当初は金利を引き上げて金融引き締めを行ったものの、かえって失業率が高まったため、リフレーション政策に転じて金融緩和を行いました。その結果、イギリス経済は立ち直り、現在もなおユーロから距離をおいて独立通貨ポンドを維持するなど、一定の存在感を見せています。

 

サッチャー氏の政策は、経済学者ミルトン・フリードマン氏の新自由主義の思想を背景にしています。フリードマン氏は市場による競争が資源を最も効率よく分配できるとの考え方から、政府による規制や介入をできるかぎり排除することを訴えました。経済学とは社会をよりよくするために、限られた資源をいかに配分するかを考える学問ですから、一見過激に見えるフリードマン氏の思想も学問的には一理あるわけです。

 

サッチャー氏による新自由主義政策の成功は、アメリカのロナルド・レーガン大統領、日本の中曽根康弘首相などの追随者を多く生み出しました。アメリカではレーガン氏からブッシュ親子へと続く共和党が新自由主義政策の信奉者で、経済政策を市場の競争に任せる「小さな政府」を主張しています。

 

日本では、NTT(旧電電公社)やJR(旧国鉄)や日本たばこ産業(旧専売公社)を民営化した中曽根首相のもとで、日本も空前の経済的繁栄を誇りました。その後継者として郵政民営化を掲げ、新自由主義改革を推し進めたのが小泉純一郎首相です。

これからのインフレ時代に向けてどう備えるか?

2001年から2006年まで続いた小泉政権は、格差を拡大したとして批判されることが多いのですが、実際はそうではありません。小泉首相が政権をとってからというもの、日本は2002年から2009年まで続く、戦後最長のいざなみ景気を経験しました。輸出が増え、日本の経常黒字は2倍近くに拡大し、失業率は減少の一途をたどりました。所得格差もむしろ縮まっているのです。不良債権が処理され、財政赤字が縮小し、国債発行残高も抑えられました。これらはすべて数値データで確かめられます。

 

小泉政権時代、日本の経済は明らかに回復基調にありました。しかし、2006年に日銀が性急に「デフレは脱却した」と判断し、金融緩和を解除して引き締めに回ったために、再び経済が悪化してしまいます。小泉首相が退陣してからというもの、日本の経常黒字は減少し、財政赤字も拡大しています。

 

まず経済を強くしなければ国民のための福祉の財源も出ないのですが、そのことを理解しない政権が続いたために日本の借金は増えてしまいました。小泉首相の構造改革が続いていれば、もう少し効率的な世の中になっていたかもしれません。

 

小泉首相の後継者として登場した安倍首相は、第一次政権では体調不良から志半ばで退陣せざるをえませんでしたが、雌伏している間に経済学の勉強をして、第二次政権で返り咲いてからはアベノミクスと呼ばれるほどに経済政策に力を入れています。今度こそ、日本はデフレを脱却し、再び経済成長を成し遂げることでしょう。日経平均株価の急激な回復は市場の期待を反映したものです。その波に乗って株式投資を始めることは、日本経済を応援することにもつながるのです。

 

また、長期投資を前提とした株式投資を考えた場合、日本株への投資にはもう一つの利点があります。それが、2020年に予定されている東京オリンピックです。安倍政権が続く限り、アベノミクスのインフレ政策は続きますし、よほどのことがない限り、2016年の国政選挙も自民党が勝つことでしょう。そうなれば2020年の東京オリンピックまで自民党政権も続くはずです。私たちは今後5年間のインフレ時代に向けて、今こそ準備しなければならないのです。

本連載は、2014年7月29日刊行の書籍『インフレ時代の投資入門』から抜粋したものです。その後の税制改正等、最新の内容には対応していない可能性もございますので、あらかじめご了承ください。

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連載インフレ時代の投資入門

パインブリッジ・インベストメンツ株式会社 代表取締役社長

学習院大学経済学部卒業後、1985年に野村證券投資信託委託入社。日本株式運用、総合企画、秘書室勤務を経て野村アセット・マネジメント・シンガポール、野村ブラックロックで幅広い資産運用ビジネスを経験。その後、メリルリンチ・インベストメント・マネジャーズのディレクターを経て、2002年5月に投資信託本部長としてAIG 投信投資顧問(現 パインブリッジ・インベストメンツ)入社、その後、常務執行役員投資信託本部長を経て、2011年6月から現職。日本証券アナリスト協会検定会員。

著者紹介

パインブリッジ・インベストメンツ株式会社 執行役員 グ ローバル・マルチアセット運用部長

慶應義塾大学商学部卒業後、1987 年に三井生命保険入社。1993年より同社英国投資顧問現地法人に勤務し、ロンドン・シティからグローバルな株式・債券投資を行う。その後、スカンディア生命保険、三井住友海上シティインシュアランス生命保険を経て、2004年にAIG 投信投資顧問入社。その後、執行役員 運用本部長兼グローバル・バランス運用部長を経て、2013 年1 月より現職。日本証券アナリスト協会検定会員およびCFA 協会認定証券アナリスト。

著者紹介

インフレ時代の投資入門

インフレ時代の投資入門

杉浦 和也・前野 達志

幻冬舎メディアコンサルティング

仮に今、あなたに1000万円の預金があるとしましょう。安倍内閣が掲げるインフレ目標2%が今後毎年達成された場合、その預金の価値は毎年2%、つまり20万円ずつ目減りしていくことになります。預金の金利はもちろんつきますが、現…

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