色彩に酔い、画家の人生に思い巡らす…絵画の様々な楽しみ方

前回は、代々受け継がれる絵画が持つ「お金を超える価値」について取り上げました。今回は、様々な絵画の楽しみ方について考察します。

アートの世界へ…画商へと背中を押してくれた父の言葉

私は若い頃、アート(芸術)が好きで美術大学に進学したのですが、作り手(作家)や、教え手(先生)には向いていないと感じ、進路に迷っていました。一方、私の父は田舎で小さな会社を経営していて、私に後を継いでほしいと考えていたようです。美大に行かせてくれたのも、自分の会社という就職先があるのだからと、わがままを容認してくれたのでしょう。

 

私も、父の影響を受けて育ったので、商売は嫌いではありませんでした。しかし、若かった私は、田舎で父の会社を継ぐのも面白くなく、むしろせっかく美大を卒業したのだから、アートに関わる仕事につきたいと思うようになりました。それが、画商の仕事に興味を持ったきっかけです。

 

美大卒業前に、進路について父に相談した時も、反対はされませんでした。内心、自分の元に戻ってきてほしいと思っていたであろう父ですが、私の意見に反対せず、次のように言ってくれました。

 

「仕事は、将来性があるとか、金が儲かるとかで選ぶものじゃない。自分が好きで情熱を持って取り組めることを仕事にするものだ。どんな仕事でも仕事というのはいい時もあれば悪い時もある、思うようにいかなくなって苦労したり、しんどくなったとしても、自分が選んだ仕事ならこんなはずじゃないなどと思わず、得心できるだろう」

 

その言葉を胸に、まずは大手の画商に就職して仕事を覚え、その後、予定どおり独立しました。ビジネスをしていくうえで、今は亡き父のアドバイスには、随分と助けられました。父から多くを学べたことは幸運であったと感謝しています。

絵画にはいろいろな切り口で関わっていく楽しさがある

私はこれまで、画商として、数多くの画家と接してきました。さまざまな性格の方がいらっしゃいましたが、一つだけ言えるのは、どの方もみな絵が好きで、時間があればいつでも絵を描きたいという無邪気な心を持っていることです。

 

私の息子が幼い頃、一緒にリゾートホテルに泊まったことがあります。ジャグジーのあるお風呂にバスジェルを入れるとバスタブから泡があふれ始めました。それを見た息子は大喜びして服を脱ぎ、お風呂に飛び込んでいったのです。ふと気づくと、息子は鼻歌を歌いながら一生懸命、泡で遊んでいます。そこで私が「鼻歌歌ってご機嫌だね」と言うと、驚いたような顔で「歌なんか歌ってないよ」と答えるのです。その後も鼻歌を歌いながら遊んでいたのですが、本人にはまったく歌っている意識がないのです。一心不乱に自分の世界に没頭していたのでしょう。

 

画家が絵を描く時の心境も、どこかこれと似ているのではないでしょうか。特別の才能を神から与えられた蜘蛛が七色の糸を自在に紡ぎだすように、イメージが次々湧き上がってきて、それを形にするために、鼻歌を歌うように楽しみながら絵を描いていく、そして出来上がった作品には画家の喜びが反映され、見る者にその時の楽しさが伝わるのです。絵を描くことが楽しくて仕方がない。けれどもあまりにもそれが楽しすぎるので、現実との折り合いがつけられない。そんな人が画家になるのではないかと、今は考えています。

 

では、作り手である画家が創作を純粋に楽しんでいるとして、その絵を見る鑑賞者の楽しみは奈辺にあるのでしょうか。私は、鑑賞者にはさまざまな種類の楽しさがあると思います。たとえば、まずは純粋に鑑賞する楽しさがあります。モネやマティスの絵を見ると、その色彩の眩さに、感覚的に快感を覚えます。

 

次に絵を描いた画家の人生や、絵画に託した思いを読み解く楽しさがあります。ゴッホやモディリアーニの作品の美しさは、それを描いた画家の人生に思いを馳せることでさらに増幅されます。それから、絵画を収集する楽しさもあるでしょう。収集とは、購入して私的所有するばかりでなく、本物を実際に自分の目で見る経験を積み重ねることも含みます。私は、好きな画家の作品を見るために、国内外の美術館を訪ねることが無上の楽しみです。

 

このように絵画には、いろいろな切り口で関わっていく楽しさがあります。もちろん、筆者著書『「値段」で読み解く魅惑のフランス近代絵画』で取り上げたように、絵画には美術品としての価値があり、その価値が金額で換算できるという側面もあります。それを当て込んで、絵画を投資の対象として捉えるのも一つの楽しみ方でしょう。

 

フランスからアメリカに移った現代美術は、作品を純粋に鑑賞する楽しさよりも、投機の楽しさに一喜一憂する側面が強調されるようになったとも感じています。しかし、個人的には、プラグマティックな楽しさを推進するアメリカの美術よりも、哲学的で人生を考えさせるフランスの美術のほうが好みです。19世紀から20世紀は、画家が職人(アルチザン)から芸術家(アーティスト)になった時代でした。芸術家とは何かという問いにも、いろいろな答えが考えられるのですが、私は、自分の内面を表現する人のことだと考えています。自己の内面の表現と、それを見た者に与える感動――これが芸術に欠かせないと、私は考えるのです。

 

筆者著書『「値段」で読み解く魅惑のフランス近代絵画』で紹介した11名の画家は、いずれもそのような意味で芸術家でした。私は画商として、彼らの作品を扱えることを誇りに思っています。著書内でも何度か触れましたが、画家だけでは作品が世の中に流通することはありません。近代以降の美術においては、画家のそばには必ず画商がいて、二人三脚で作品の普及に力を尽くすものなのです。

 

そして私は、この画家と画商のパートナーシップにお客様も加わっていただいて、トライアングルにしたいといつも考えています。現代のような情報化社会においては、お客様によるクチコミと情報の伝播は、画家と画商の戦略的提携と同じくらい重要なものになってきます。ぜひ、芸術愛好家の皆様には、芸術の生存と普及のためにも力を尽くしていただきたいと思います。

 

筆者著書『「値段」で読み解く魅惑のフランス近代絵画』は、芸術愛好家としての私なりの解答の一つです。読んでくださった方が、より芸術に対する愛と理解を深めていただけるのであれば、これ以上の喜びはございません。なお、著書で取り上げた11人の画家以外にも、当社ではローランサンやルオーなどのフランス近代の画家に力を入れて取り扱いをしています。紙幅の都合で省略しましたが、機会があればぜひ鑑賞してみてください。

本連載は、2017年4月28日刊行の書籍『「値段」で読み解く魅惑のフランス近代絵画 』から抜粋したものです。最新の内容には対応していない可能性もございますので、あらかじめご了承ください。

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連載値段から読む「フランス近代絵画」の魅力と価値

株式会社ブリュッケ 代表取締役

1961年愛媛県生まれ。多摩美術大学に進学後、美術大学で彫刻を専攻する過程で、人々の生活に溶け込む平面表現の魅力に目覚め、絵画の世界へ転向。卒業後、都内の画廊での修行を経て、1990年に独立。東京・銀座に、故郷の秀峰の名を冠した「翠波画廊」をオープンさせる。以降26年の長きにわたり、ピカソ、マティス、藤田嗣治、ユトリロ、ローランサン等、絵画愛好家なら誰もが知っている巨匠の作品を数多く扱う。特に20世紀初頭に活躍したフランス近代の画家に造詣が深い。
翠波画廊https://www.suiha.co.jp/

著者紹介

「値段」で読み解く 魅惑のフランス近代絵画

「値段」で読み解く 魅惑のフランス近代絵画

髙橋 芳郎

幻冬舎メディアコンサルティング

ゴッホ、ピカソ、セザンヌ、ルノワール、ゴーギャン、モディリアーニ…“あの巨匠”の作品に、数十万円で買えるものがある!? 値付けの秘密を知り尽くしたベテラン画商が、フランス近代絵画の“新しい見方”を指南。作品の「値…

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