前回は、絵画の「値段」はどのようにして決まるのかを紹介しました。今回は、価格だけでは測れない「絵画の価値」について考察します。

資産的価値、芸術的価値、社会的承認価値

美術に興味のない一般の人が絵画を知るのは、オークションにおける高額落札のニュースに接した時くらいでしょう。たしかに1枚の絵画が何億円、何十億円で取引される事実は、人目を引きます。しかし、私は絵を価格だけで判断してほしくないと思っています。

 

絵画の価値が上がって、想像を絶する高値で取引されるようになるには、ただ有名画家の作品であるというブランド価値だけではなく、素直な気持ちで作品に向き合った時に、見る人を魅了する芸術性がなければなりません。

 

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昔の画商の世界では、仲間同士で高額落札を繰り返して、絵や作家の価値を上げていくという手法もありましたが、そのような人為的な操作で一時的に価値を上げても、結局は長続きしません。多くの市井の一般人が、その作品に引き付けられて、何としてでもそれを手に入れたいという願望が高まるからこそ、本当に価格が高くなるのです。

 

さらに言えば、絵画の価値は、価格だけで測れるものではありません。私は、美術品の価値は、大きく次の3つに分けられると考えています。

 

一つは、ここまで説明してきたような資産的価値(価格)です。もう一つは、芸術的価値(作品そのものが持つ魅力)です。そして最後の一つは、社会的承認価値(文化財を所有することのブランド力)です。絵画の芸術的価値とは、価格や作者、来歴などをまったく気にせずに、ただ絵の前に立って眺めた時の楽しさです。

良い絵は人を幸せにする…あるお客様の思い出

芸術的価値について考えた時に、私がいつも思い出すお客様が一人います。もう亡くなってしまわれたのですが、とある開業医の方でした。画廊のお客様の職業はさまざまですが、お医者さんが意外と多いような気がします。あくまでも印象ですが、医師には絵の好きな方が多いように思います。

 

絵の楽しみ方として、絵を見て画家が伝えたいことを読み解くということがあります。お医者さんは、患者さんに向き合い、体の問題を注意深く聞き出して問題を解決することが仕事ですから、絵の鑑賞と通じるものがあるのだと思います。

 

この方とは、私が業界に入って間もない頃に知り合って、絵を買っていただき、その後も、長いお付き合いをさせていただきました。付き合いが長くなるのは、たくさんの絵を買っていただいたからです。一部屋が絵で埋まってしまって置き場に困るような状況でも、好きな絵を見ると買わずにはいられない、本当に絵のお好きなお客様でした。

 

そのようなお客様に共通するのが、無邪気で天真爛漫な人柄です。このお医者さんは、まさにそうでした。私がお宅を訪問した時は、奥様ともども、まったく他意なく歓待してくれました。いつも話が弾んで、楽しいひと時を過ごしていたことを、懐かしく思い出します。

 

この方は、数年前にがんで突然亡くなられました。残された遺族への気遣いでしょうか、葬式はせず、墓も子どもに手間をかけるということで作らず、遺灰は南の海にまいてほしいと言い残されたそうです。

 

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そして、自分ががんと診断されて余命を宣告された後、お見舞いに訪れる親戚縁者や知人に、ご自身が好きで買い集められた絵を見せて「どれでも好きなのを持っていきなさい」と形見分けされたそうです。良い絵は人を幸せにしてくれることをよく知っていらしたので、自分の思い出と幸せを託したかったのでしょう。本当に絵がお好きで優しい先生でした。

本連載は、2017年4月28日刊行の書籍『「値段」で読み解く魅惑のフランス近代絵画 』から抜粋したものです。最新の内容には対応していない可能性もございますので、あらかじめご了承ください。

「値段」で読み解く 魅惑のフランス近代絵画

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髙橋 芳郎

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