今回は、認知症の母からの贈与における税務訴訟のポイントを見ていきます。※本連載は、みどり総合法律事務所の所長・弁護士の関戸一考氏、同じく弁護士の関戸京子氏の共著、『新・税金裁判ものがたり』(メディアイランド)の中から一部を抜粋し、具体例を題材に、税金裁判の現状と課題を解説します。

「所有権移転登記を元に戻すべきと助言を受けたが…

前回の続きです。

 

(1)登記は元に戻すべきか

実は今回の申立をする前、いろんなことを考えました。念のため私が税金オンブズマンとして一緒に活動をしている税理士たちに意見を聞いたら、「やっぱり所有権移転登記をしているので、税務署に更正の請求をするときに、もとへ戻しておくべきではないでしょうか。そうしないと税務署もなかなか動かないでしょう」、こういうアドバイスを受けました。

 

でもそのためには、関与した司法書士に連絡して、また元に戻してもらう手続をしなければなりません。そうすると、当初移転登記をしたときの司法書士は「贈与者本人への意思確認が不十分だった」という職務怠慢をみずから認めることにならざるを得ません。その司法書士は多分、元に戻す手続を拒否するでしょう。なぜならば、今度こそ意思能力に問題があったことを認識することになるからです。ということは、「もとに戻そうとしても、簡単にはもとに戻せないだろう」と思いました。

訴訟時に裁判所を説得できるかどうか?

(2)成年後見人の選任はすべきか

では、この時にどうしたらいいか。結局、「お母さんの成年後見人を選任するしかない」ということになります。そのうえで成年後見人に所有権移転登記の抹消手続に協力してもらうのです。

 

ところが、成年後見人を選任するということになったときには、東京家庭裁判所で手続をすることになりますが、お姉さんの話からすると、妹さんが抵抗することが予測されました。妹さんは、お母さんの財産を全部自分が管理していたわけで、後見人が選任されたら、自分が管理できなくなり、成年後見人に財産を全部引上げられるからです。「自分で思うように財産管理ができなくなることがわかったら妹は猛烈に抵抗すると思います」とお姉さんは言いました。しょうがないから、私はとりあえずそのままの状態で更正の請求をしました。

 

オンブズマンの税理士たちの意見では「これではなかなか税務署は認めてくれないだろう。結局訴訟まで行かないと難しいんじゃないか」との意見が大半でした。

 

でも、これまで私が説明してきた「課税庁と交渉するときの判断基準はどこにあるか」という話を思い出してください。(この内容も「第2章 2税務調査での留意点と対応の仕方を考える」の31頁のウを参照してください。)

 

つまり、課税処理をめぐって私が税理士や納税者から相談を受けたときの、「アドバイスの判断基準は何か」というと、「訴訟をした時に裁判所を説得できるかどうか」ということです。

 

このお母さんのような高度(重度)の認知症だったら、私は裁判所を説得できるという自信がありました。それは別件で認知症の親の意思能力をめぐって裁判をして、「中程度の認知症ならば意思能力がない」と認めさせていた経験があったからです。

 

だから私は、ひとまず、減額更正請求をこのままの状態でやろうということにしました。そしたら私の予想通り、「いきなり減額更正を認める通知書が届いた」、こういう経過です(相談した税理士らは驚いていました)。

 

ですから、後見人は選任する必要がありませんでした。そうすると、いまだもって宙ぶらりんな登記が残っています。しかし、ご本人には「お母さんがお亡くなりになるまでそのままにしておきなさい」と言ってあります。そうしておけば、お母さんが亡くなったときには、妹さんとお姉さんの間で相続の問題が起きます。そのときに、改めて「これは私がもらっときます」と言って、所有権を確認する遺産分割協議をすることで足りることだろうと思っています(多額の遺産が残っていれば、基礎控除の関係で、ある程度の相続税が発生するかもしれませんが、それはその時の問題として処理するほかないと思います)。

新・税金裁判ものがたり

新・税金裁判ものがたり

関戸 一考,関戸 京子

メディアイランド

相続税、贈与税、青色申告、認知症、連帯納付義務…税金裁判の専門家が納税者目線で解きほぐす。 弁護士・税理士・税金裁判に興味のある納税者必読!豊富な具体例を題材に、税金裁判の現状と課題を解説します。

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