本連載は、みどり総合法律事務所の所長・弁護士の関戸一考氏、同じく弁護士の関戸京子氏の共著、『新・税金裁判ものがたり』(メディアイランド)の中から一部を抜粋し、具体例を題材に、税金裁判の現状と課題を解説します。

高齢者の認知症問題への対策で生まれた成年後見制度

<認知症の母との贈与契約の無効を理由に贈与税の取戻しをしたケース>

 

かなりの財産を認知症になった親御さんが持っている。ところが親が認知症になっていることを奇貨として、子供の一人が親を囲い込んで、財産の管理をし出します。そうすると、子供たちの間で親が生きているうちに財産争いをしてしまうという、非常に悲惨なケースが増えてきました。

 

近年民法が変わり、成年後見制度(注1)ができました。日本は急激に高齢化社会に向かって進んでおり、認知症の人がどんどん増えている現状です。テレビで、年間1万人に近い認知症患者の人が行方不明者となっているというニュースが報ぜられていました。高齢化社会の中で、この認知症をめぐる問題はいろいろな形で出てきています。この事件は、課税処理に絡み、この認知症をめぐって問題となったケースです。

 

(注1)成年後見制度とは、意思能力がなくなって財産を管理することができなくなった本人(成年)に代わって、裁判所で選任された後見人が裁判所の監督のもとで財産を管理する制度です。

年老いた母から長女がマンションの贈与を受けることに

事案の内容をお話しします。このケースは、贈与者の認知症を理由に贈与契約の無効を主張し、納税者から税務署長に対し更正請求をして、支払った税額を全額取り戻したというケースです。私が実際に更正請求をした国税通則法23条1項に基づく減額更正請求書の内容を、簡単に御説明します。ここには、以下に述べる内容が書いてあります。

 

①本件贈与に至る経緯(本件での認知症の母親と娘との贈与契約をするまでの経過が具体的に記載してあります)

 

②贈与者の病状(認知症の母の症状が記入してあります)

 

③認知症患者の特徴(認知症の特徴と意思能力の関係が記載してあります)

 

④認知症患者の意思能力に関する裁判例(認知症で意思能力なしとされた裁判例を引用しています)

 

⑤本件での贈与者の意思能力の有無(贈与者が高度の認知症で意思能力なしと記載しています) 

 

というものです。その際に添付した資料として、診断書が2枚ついています。どういう判断基準で認知症と判断したのかわかるようにお医者さんに書いてもらいましたが、このような適切な診断書をつけて更正の請求をして、うまくいったというケースです。

 

事案の経過を簡単にお話ししましょう。

 

ご相談者の家族は、年老いた母親と2人の娘さんがおり、各々独立して生活しています。本件での相談者は、2人の娘さんのうちの姉の方です。

 

認知症で老人ホームに入所をしていた母親の財産を、2人の娘さんのうち、妹さんがすべて管理していました。その妹さんは、母親の所有するマンションが、誰も住まなくなっているのに(老人ホームにお母さんが入っていますから)、その修理費が多額にかかることがわかります。「そんなに修理費がかかるならば、お姉さんにこれを生前贈与をして管理してもらおう」と考え、「母さんのマンションの贈与を受けたらどう」と妹さんがお姉さんに申し出ました。妹さんはお姉さんに、「生前贈与しても非課税となる方法があるから心配いらない」と説明します。

 

妹さんはお母さんの近くの東京に住んでいて、お姉さんは大阪に住んでいます。お姉さんは「このマンションを息子に使わせたらいい」と考えて、「妹がそう言うならそうするわ」と了解し、妹さんの指定する司法書士さんのところに行って、お母さんと贈与契約書を結んで移転登記をしました。

相続時精算課税の選択届出も確定申告もせず放置

通常、贈与を受けたら、非課税の範囲を超える場合には贈与税の確定申告をします。特に相続時精算課税(注2)の特例を使うためには、必ず贈与を受けた旨の確定申告書を提出しなければなりません。ところが、妹さんからは何も説明がなく、お姉さんは移転登記だけをして、相続時精算課税の選択届出も確定申告もせず放置しておりました。すると、翌年の3月15日過ぎに、税務署からお尋ね文書が届きました。驚いて税務署に相談に行くと、「あなたはお母さんと贈与契約を結んで、お母さんの不動産を取得していますね。このままだと贈与税と無申告加算税のほかに、延滞税がどんどんかかっていきます」と言われたわけです。

 

(注2)相続時精算課税制度とは、生前に贈与を受けた場合に、その旨の届出をしておけば、被相続人の死亡時に相続財産として精算することにより、2500万円の範囲は贈与税の免除等の優遇措置が受けられる制度をいいます。この制度を利用するためには、相続時精算課税制度を選択する旨の届出をして、贈与税の申告(毎年2月1日から3月15日まで)をする必要があります。

 

それを聞いて、お姉さんはおどろきました。相続時精算課税の特例を使うためには、その旨の届出をして贈与の申告をしておかなければなりません。にもかかわらず届出も贈与の申告もしていなかったから、これも使えなくなっています。そのため、贈与税と無申告加算税のみならず、申告が遅れた分、延滞税がかかると言われたのです。それを知って、とりあえず税務署員の指示に基づいて期限後申告をして、総額で300万円ほど税金を納めました。でも、お姉さんご本人は、「どうも今回の税務署の対応はあまりにも形式的で納得がいかない。何とかする方法はないだろうか」と考え、私に相談に来たのです。

 

実は、最初この人は、ご自分の知り合いの弁護士に相談に行きました。その弁護士からは、「確定申告をしていなかったのだから、相続時精算課税の特例は使えない。これはどうすることもできない」と言われました。

 

しかし、ここからがその弁護士の賢いところです。実に的確なアドバイスをしたのです。

 

その弁護士は、「私の知り合いに税金問題に詳しい弁護士がいる。そこに相談に行きなさい。もしかしたら何とかなるかもしれない」と話しました。それで私のところにそのお姉さんが、「何とかなりませんか」とやって来たのです。私はその相談内容を聞いて、「これを解決するための方法は1つしかない、それが使えるかどうか調べましょう」ということにしました。

 

次回は、その救済方法を説明します。

新・税金裁判ものがたり

新・税金裁判ものがたり

関戸 一考,関戸 京子

メディアイランド

相続税、贈与税、青色申告、認知症、連帯納付義務…税金裁判の専門家が納税者目線で解きほぐす。 弁護士・税理士・税金裁判に興味のある納税者必読!豊富な具体例を題材に、税金裁判の現状と課題を解説します。

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