超高齢社会を迎えた今、「終の棲家」として老人ホームを選ぶ高齢者が増えています。充実の設備、手厚い介護・医療体制、快適な生活環境——理想的な老後を求めて施設への住み替えを決断する人は少なくありません。しかし、入居してから齟齬が生じるケースも珍しくないようです。
〈年金月40万円〉〈貯金6000万円〉ともに元教員の75歳夫婦「人生最後の贅沢」のつもりが大惨事。わずか6ヵ月で「高級老人ホーム」からの退去を決めた「60年前の因縁」 (※写真はイメージです/PIXTA)

老人ホームで再会した「忘れられない人」

しかし、ホームに入居したすべての人が後悔がひとつもないというと、少々大げさ。多かれ少なかれ、入居前と後では印象は変わるものです。なかには、「こんなホームに入るんじゃなかった」と退居してしまうケースも珍しくはありません。

 

鈴木さん夫婦の場合もそう。それは入居から半年ほど過ぎたころに訪れました。いつものように美智子さんがダイニングルームにいくと、目を疑う人物と遭遇します。それは、60年前に美智子さんが通っていた中学校で、美智子さんを執拗にいじめていた同級生でした。同い年なので当時の面影は薄れていましたが、美智子さんはその顔を忘れることはありませんでした。

 

いじめの加害者側は覚えていなくても、被害者はずっと覚えているもの。たとえ、外見がひどく変わっていようとも。向こうは美智子さんのことを認識していないよう。しかし美智子さんはその日以来、その同級生を見るたび動悸が激しくなり、食欲もなくなっていきました。昭夫さんも美智子さんの異変に気づき、話を聞くと、美智子さんはぽつりぽつりと過去のいじめの記憶を語り始めました。「まさか、こんなところでまた会うなんて……」と震える美智子さんの姿に、昭夫さんは胸を痛めました。

 

昭夫さんは老人ホームのスタッフに相談しましたが、「入居者同士の個人的な問題には介入できない」との返答でした。もちろん、現在、その同級生が美智子さんに危害を加えているわけではないため、ホーム側としても対応に苦慮するのは理解できます。しかし、美智子さんの精神状態は悪化の一途をたどるばかりでした。

 

「人生最後の贅沢と思っていたが……」

 

結局、鈴木さん夫婦はホームを退去する決断をしたといいます。

 

株式会社LIFULL senior/LIFULL 介護『介護施設入居実態調査 2025』によると、「老人ホーム探しで金額と立地以外で重視したこと」として、最も多く挙がったのが「スタッフの質・雰囲気」(32.4%)で、「すぐに入居できるか」(32.2%)と僅差。さらに「医療体制」(28.2%)、「室内の清潔さ」(25.1%)と続き、「入居者の雰囲気」は24.2%を数えます。

 

「ホームで豊かな毎日を過ごすには、施設(ハード)も重要だけど、人間関係(ソフト)も重要」と考えている人が多いことがわかります。一方で、見学時では良好に思えたことが、入居してからも変わらないという保証はありません。実際に、入居後に齟齬が生じ、一度入居を決めたホームを退去/転居ということは、決して珍しいことではないのです。

 

「まさか、老人ホームに入って、こんな思いもしなかった。本当に老人ホームが終の棲家として自分たちに合っているのか、もう一度考えてみたいと思います」

 

[参考資料]

内閣府『高齢社会に関する意識調査』

株式会社LIFULL senior/LIFULL 介護『介護施設入居実態調査 2025』