30代で独立し、長年にわたり高い所得を得てきた59歳男性。子ども2人の教育を終え、これから老後資金を貯めるつもりでした。ところが、共同経営者の早期引退をきっかけに将来の収入を見直すと、思い描いていた老後とは大きな隔たりがあることに気づきます。FPの三原由紀氏が解説します。※本記事に掲載している事例は、プライバシー保護および情報の一般化のため、実際の相談事例をベースに一部の数値や設定を変更・再構成したモデルケースです。
「嘘だ、こんなに稼いでいるのに…」事業所得1,500万円・預貯金2,750万円の59歳男性、老後資金はこれから貯めるつもりが一転。〈76歳で預貯金が底をつく〉現実
年間1,500万円の所得が続くとは限らない…試算で見えた老後の現実
パートナーの引退後も仕事は続けるつもりですが、人件費や事務所賃料などの経費は同じ割合では減りません。これまでと同じ事業所得を維持できるとは限らなくなりました。
渡邊さん夫婦は結婚以来、賃貸住宅暮らしです。独立当初は住宅ローンを抱えることに慎重で、所得が増えてからも子どもの通学や生活の利便性を優先してきました。
現在の家賃は月約20万円。日常生活費は子ども2人と暮らしていたころの月50万円から、子どもの独立に合わせて40万円まで減らしてきましたが、家賃と合わせると今も夫婦2人で月60万円ほどかかります。
収入の先行きに不安を感じた渡邊さん夫婦は、今後の収支を試算することにしました。渡邊さんの事業所得が60歳から年800万円程度に減り、69歳まで働いて70歳で引退すると仮定します。
65歳から受け取る夫婦の公的年金は合計で年約235万円。国民年金基金の年70万円程度を加えると、年金収入は約305万円の見込みです。
一方、今の暮らしを続ければ、家賃と日常生活費だけで年約720万円。引退後は年金だけでは賄えず、預貯金を取り崩すことになります。将来の収入や支出には変動がありますが、この条件で試算すると、預貯金は76歳ごろに底をつく結果となりました。
ソニー生命保険の「子どもの教育資金に関する調査2026」では、「老後の備えより子どもの教育費にお金を回したい」という考えに「あてはまる」と回答した親は60.5%にのぼります。
教育費を優先したいという思いは、渡邊さん夫婦に限ったことではありません。ただ、教育費が終わってから老後資金を貯めようと考えていても、そのときに今の所得が続いているとは限りません。
渡邊さんの場合、高い所得があったからこそ、「これからでも貯められる」と考え続けることができたともいえます。教育費をかけたことではなく、将来の収入を見通さないまま、老後資金づくりを先送りしていたことが問題だったのです。
59歳なら、まだ間に合う。「貯める」から「家計をつくり直す」へ
試算結果を見て渡邊さん夫婦が考えたのは、ただ生活費を切り詰めることではありませんでした。子どもたちが独立し、これからは夫婦2人で暮らしていくことを前提に、住まいや生活費、働き方をまとめて見直すことにしました。
まず、現在月20万円ほどかかっている家賃です。渡邊さんが事務所へ通える範囲で、夫婦2人に合った広さの賃貸住宅へ住み替え、月15万円程度に抑えます。日常生活費も月40万円から35万円へ。これだけで支出は年間120万円減ります。
この条件で再度試算すると、預貯金が底をつく時期は76歳ごろから82歳ごろへと延びる結果となりました。
もちろん、これで老後の心配がなくなるわけではありません。医療や介護など、将来増える可能性のある支出もあります。
ただ、渡邊さんはまだ59歳です。事業規模を縮小しながら70歳まで働くのであれば、その間の所得や支出、資産残高を確認しながら、働き方を調整していく時間があります。70歳まで働く場合は、公的年金の繰下げ受給も選択肢の一つです。繰下げても預貯金が底をつく時期は大きく変わりませんが、一生続く年金の受取額を増やせるため、長生きへの備えにもなります。
高い所得を得てきた渡邊さんに必要だったのは、さらに稼ぐことでも、教育費をかけたことを悔やむことでもありません。収入が減ってから慌てるのではなく、減る前に、これからの収入に合った暮らしへ切り替えることでした。
老後資金づくりを「あとで」と考えているうちに、働き方や収入が変わることもあります。大切なのは、今の所得がいつまで続くのかを見据え、早めに家計を組み直すこと。59歳で気づいた渡邊さんには、まだその時間が残されています。
三原 由紀
プレ定年専門FP®
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