コロナ禍のリモートワークをきっかけに、50代で憧れの地方暮らしを始めた人は少なくありません。住宅ローンもなく、貯蓄も退職金もある。一見、老後への備えは順調でした。ところが会社の一言で、「65歳まで無理なく働ける」という前提が崩れたとき、家計の見通しは思いのほか大きく揺らぎます。FPの三原由紀氏が解説します。
「八ヶ岳から東京まで週5出社なんて無理だろ…」勤務先のフルリモート化で山梨県に移住した年収800万円・57歳男性。リモート継続を相談した上司に言われた〈無慈悲なひと言〉【FPが解説】
「定年後を待たなくてもいい」52歳で叶えた八ヶ岳暮らし
「これなら、定年後を待たなくても八ヶ岳で暮らせるかもしれない」
東京都内のIT企業に勤務する櫻井健太さん(仮名・57歳)が、妻(55歳)と山梨県北杜市へ移住したのは2021年のことです。
コロナ禍で勤務先がフルリモートとなり、出社する必要がほとんどなくなりました。ちょうど一人息子も大学を卒業して就職。以前から夫婦で憧れていた八ヶ岳南麓への移住を決めました。
東京の中央線沿線に所有していたマンションは約4,000万円で売却。約500万円残っていた住宅ローンを完済し、預貯金も一部取り崩しました。築浅の中古ログハウスの購入から設備の入れ替え、寒冷地で使いやすい車への買い替えまで、移住にかかった費用は約4,000万円。新たな住宅ローンは組まず、現在の預貯金は約1,500万円です。
移住を機に、夫婦がずっと飼いたかった大型犬も迎えました。朝夕の散歩は主に健太さんの担当です。朝、犬と歩いてから仕事を始め、夕方にはパソコンを閉じて再び散歩へ。東京の会社に通勤していたころには考えられなかった暮らしでした。
健太さんの現在の年収は約800万円。60歳で定年を迎えたあとは、年収500万円程度で65歳まで継続雇用される予定です。60歳で受け取る退職金は約2,000万円を見込んでいます。
「60歳以降は給料が下がってしまうけど、リモートなら65歳まで無理なく働ける」
そう考えていました。
東京の勤務先が、突然「原則週5出社」に変更
ところが2026年、勤務先から、原則週5日出社に働き方を変更すると告げられます。
「家が遠いので、何とかリモートを続けられないでしょうか」
申し訳なさそうに相談した健太さんに、上司はドライに答えました。
「介護などの事情がない限り、例外は難しいかな。あずさなら2時間だしね」
健太さんの勤務先は新宿方面にあり、最寄りの小淵沢駅から新宿駅までは特急「あずさ」を利用しても約2時間。自宅から駅までは車で20~30分かかるため、会社まで片道約2時間半、往復すれば約5時間です。
特急代を含む鉄道の通勤費は、会社の通勤手当でおおむね賄えます。しかし、会社が負担してくれるのはあくまでも交通費のみです。往復約5時間という時間が戻ってくるわけではありません。
しかも夫婦の車は1台。妻が車を使う日は小淵沢駅まで送迎を頼むことになります。朝夕の犬の散歩も、これまでのようにはできません。
「八ヶ岳で暮らしているというより、寝に帰るだけになってしまうな……」
65歳まで働くつもりだった健太さんは、初めて60歳で仕事を辞めることを考え始めました。