「離婚してくれないか」半年ぶりに帰宅した夫から突然のひと言

黒田章代さん(56歳・仮名)は、関東近郊の住宅街に建つ一戸建てで一人暮らしをしています。夫の和彦さん(59歳・仮名)は、大手メーカーの地方支社の支社長です。年収は1,500万円で、長く単身赴任を続けています。

2人の子どもはすでに独立し、かつて家族4人で暮らした家に住むのは章代さんだけです。和彦さんから毎月振り込まれる30万円の仕送りで友人とのランチや習い事を楽しみ、何不自由のない毎日を送っていました。

和彦さんが帰省するのは半年に1度ほど。顔を合わせても会話は続かず、互いに気を遣う数日間が過ぎると、和彦さんは赴任先へ戻っていきます。夫婦の折り合いがよいとはいえませんが、章代さんは「このくらいの距離感がちょうどいい」と、気楽な一人暮らしを満喫していました。

その日も、帰省した和彦さんと向き合う夕食は、ほとんど会話がないまま終わろうとしていました。突然、箸を置いた和彦さんが、改まった口調で話し始めます。

「俺は来年、定年を迎える。そのあとは、お互い別々の人生を歩きたいと思っているんだ。離婚してくれないか」

突然の言葉に、章代さんは返事ができませんでした。

「長いこと離れて暮らして、お互い一人の生活に慣れてしまっただろう。君の生活のことは、これからしっかり話し合っていこう」

和彦さんなりに考えたうえでの言葉なのでしょう。冷静な声で話し終わると、翌朝には赴任先へ戻っていきました。

一人残された家で、章代さんの頭に真っ先に浮かんだのはお金のことでした。

「私、これからどうやって生活していけばいいの?」

章代さんは30年前に結婚して以来、ほとんど働いていません。56歳の今から仕事を探したとして、一体いくら稼げるのでしょう。

子どもたちにもそれぞれ家庭や仕事があり、頼ることはできません。夫が高収入でこれまでお金に困った経験がなかった章代さんは、初めて自分自身の「老後のお金」に向き合うことになりました。

20年以上連れ添った夫婦の離婚は2割超。離婚後のお金の現実

章代さんのように、長年連れ添った夫婦の「熟年離婚」は、決して珍しい話ではありません。

厚生労働省「令和6年(2024)人口動態統計」によると、2024年の離婚件数は18万5,904件で、そのうち同居期間20年以上の夫婦の離婚は4万684件でした。離婚全体に占める割合は21.9%と、5組に1組以上が同居20年以上というわけです。また、「同居35年以上」に限ると、7,193件と4年連続の増加となっています。

離婚が成立すれば、仕送りは止まる

夫婦には、互いの生活費を分担する義務があります。章代さんが受け取っている仕送りも、この「婚姻費用」の分担にあたるものです。しかし、離婚が成立すれば元夫に生活費を負担する義務はなくなり、仕送りは原則として終わります。

さらに、会社員の妻として保険料を負担せずに国民年金に加入できる「第3号被保険者」の立場も失います。60歳までは国民年金保険料(2026年度は月1万7,920円)を自分自身で納め、健康保険も国民健康保険などに自ら加入しなければなりません。

誤解されがちな「年金分割」

離婚後の生活の支えとして期待されるのが「年金分割」です。ただし、「夫の年金の半分がもらえる」と考えているのであれば、それは誤解です。

分割の対象は婚姻期間中の「厚生年金」の記録に限られ、夫の老齢基礎年金(国民年金)は対象になりません。また、分割を受けても、年金を受け取れるのは自身の受給開始年齢に達してからです。

相手の合意がなくても2分の1に分けられる「3号分割」は、2008年4月以降の第3号被保険者期間だけが対象です。それより前の期間は、夫婦の合意や裁判手続きで割合を決める「合意分割」(上限は2分の1)で分けることになります。

加えて、年金額の計算に用いる標準報酬月額には上限(現在は65万円)があるため、年収1,500万円の夫でも、年金記録は収入ほど大きくはありません。

厚生労働省の「令和6年度厚生年金保険・国民年金事業の概況」によると、2024年度に年金分割を受けた人(第2号改定者)の年金月額は平均3万3,575円の増加となっています。ただし、実際の増加額は婚姻期間や夫婦それぞれの厚生年金記録などによって異なります。