もう一つの道、「半分だけ働く」という選択

「そもそも、完全に辞めるか、働き続けるかだけが選択肢ではないんですよ。具体的に試算してみましょうか」

そういって永瀬さんは説明を始めました。

資産4,500万円、生活費300万円、当初の取り崩し率を6.7%として、年金を池上さんと同水準と仮定。その場合、夫79歳・妻77歳までは資産が持ちますが、80歳・78歳で資産が尽きて、以降は年金だけの生活になる計算だといいます。年金だけになると、世帯で年288万円ほど。年間生活費300万円を下回る計算です。

「しかも、白石さんは55歳で完全にリタイアしているぶん、60歳定年の会社員より厚生年金の加入期間が5年短くなります。年金額は池上さんと同じと仮定していますが、実際の年金額は、この試算より低いと思われます。池上さんご自身の年金でも、平均的な世帯の実収入(注1)をわずかに下回る状態ですから、貯蓄の取り崩しは多くなると考えられます」

「つまり、確実に安全とはいえないということですね?」

「そうなんです。相場が良ければ余裕資金が増えるし、悪くなれば一気に苦しくなる。当然運用結果によって変わりますが、仕事を一切しないFIREの場合、下がった時の影響が大きい。だからこそ、多くの人は『サイドFIRE』を選択するんです」

サイドFIREとは、定年まではそのまま働き、そのあとは労働時間を減らして“半分だけ働く”というFIREの方法です。

60〜64歳の短時間労働者の時給は男性2,024円、女性1,397円(注2)。月10万円台〜14万円台の収入を上乗せできる可能性があるとしたうえで、永瀬さんは、“もし池上さんが60歳でサイドFIREをした場合”として、試算しました。

「59歳(妻57歳)まではフルタイムで働くとしましょう。60歳からはサイドFIREで、これからの5年間に貯めたお金と働いて得るお金とで64歳まで暮らす。今ある貯金800万円のうち、半分の400万円はいざという時のために現金のまま残し、残り半分の400万円だけを手堅く運用したとします。GPIFの名目運用利回り4.62%で10年運用できれば、400万円は約630万円に育つ計算です。つまり、65歳の時点では、現金のまま残した400万円、育った運用資産約630万円、退職金1,000万円を合わせて、2,000万円程度になっている計算です」

65歳で完全にリタイアし、白石さんと同じ年間生活費300万円で暮らすとすると、夫婦の年金見込み額と、この2,000万円を取り崩しながら運用していく計算でも、夫91歳・妻89歳まで生活費300万円を確保できる計算になりました(注3)。

厚生労働省の最新の簡易生命表による平均余命から算出すると、55歳の男性は平均して約83歳、53歳の女性は約88歳まで生きる計算になります。もちろん仮定ではありますが、白石さんの取り崩し方では、この平均的な余命に届く前に資産が尽きる計算です。一方、池上さんの試算は、夫はこの平均を大きく超え、妻もほぼその年齢まで届く計算になりました。

「FIREとひと言にいっても、完全に辞めるのか、あるいは半分働くのか。どういう生活をしていくのか――。色んな道があって、どれを選ぶのかはその人自身です。いずれにしても、人と比べないこと。白石さんには白石さんの事情や考え方があり、池上さんには池上さんの生活があります。大切なのは、どちらが正しいかではなく、ご自身が安心して暮らせる選択をすることですよ」