謎に包まれた「金」の誕生と錬金術師たちの終わらない挑戦
資産や装飾品など人間にとって身近な存在である「金」ですが、どのようにして誕生したのか、はっきりとしたことは明らかになっていません。
さまざまな説が提唱されているなかで、これまでは「超新星爆発の際に形成された」という説が有力視されていました。しかし2017年、天文学者たちが重力波観測により、超新星爆発後に残る中性子星同士が衝突・合体する「キロノバ」を初観測。この極限状態で起きる「急速中性子捕獲過程(rプロセス)」によって、金やプラチナなどの重元素が大量に合成・放出されることが実証されました。
一方で、強い磁場と高速回転を伴う「磁気回転超新星」の爆発も、rプロセスを駆動する主要な供給源であるとする説があり、天文学者のあいだで活発な議論が続けられています。
いずれの天体現象に由来するにせよ、地球上に存在する金の総量(埋蔵量+既採掘量)には物理的な限界があり、この絶対的な希少性こそが金の価値を担保してきました。
そこで人類は、卑金属から金を人工的に創出する「錬金術」に挑みました。その究極目標は、卑金属を貴金属に変える万能触媒「賢者の石」の錬成です。万有引力を発見した天才物理学者アイザック・ニュートンも、物質の根本的な構成原理を探求する自然哲学の一環として錬金術研究に没頭しましたが、当時の技術で金を生成することは叶いませんでした。
しかし、彼らの試行錯誤の歴史は徒労に終わったわけではありません。蒸留、結晶化、酸の抽出といった実験プロセスは、のちの近代化学(Chemistry)を成立させる不可欠な礎となったのです。
錬金術の夢が現実に…2025年、CERNが「人工ゴールド」生成に成功
これまでに数多の天才たちが挑んだ錬金術。1980年にはアメリカの化学者であるグレン・シーボーグ博士らが、粒子加速器を用いてビスマス(原子番号83)から金を生成することに成功しました。
そして2025年、欧州原子核研究機構(CERN)が、粒子加速器「大型ハドロン衝突型加速器(LHC)」を用いたALICE実験において、鉛(原子番号:82)から金への「核変換」を観測・確認したと発表しました(※1)。
鉛の原子核は82個の陽子を持ち、金の原子核は79個の陽子を持ちます。両者の違いは原子核内の陽子3個分に過ぎません。理論上、鉛の原子核から3つの陽子を取り除けば金へと変化します。
ALICE実験では、光速近くまで加速した鉛の原子核同士が接触せずに極めて近接して交差する「超周辺衝突(UPC)」を発生させました。このときに生じる強大な光子場(電磁相互作用)による光核反応によって原子核から陽子3個を含む粒子を叩き出し、過渡的に金原子核を生成することに成功したのです。
かつて錬金術師たちが金の生成を成し得なかった理由はここにあります。必要なのは電子のやりとりである化学反応ではなく、原子核そのものの構造を変える核反応だからです。それには原子核内部の力(強相互作用)に直接介入する超高エネルギー領域を必要とします。膨大なエネルギーを作る技術も環境も、当時はありませんでした。
LHCはスイス・ジュネーブ郊外、フランスとの国境を跨いだCERNの地下100mに設置されている、世界最大・最高エネルギーの衝突型加速器。形はリング状で、全周はなんと27kmにもおよびます。欧州の国々が共同で運営をしており、日本もオブザーバー国として名を連ねています。巨大な国際機関が最新技術を用いて研究したからこそ、金が生成できたのです。
1グラム作るのに1京8,000兆円…錬金術がビジネスにならない理由
LHCを使った錬金術は大々的に報じられ、世界に衝撃を与えました。しかし一方で、この錬金術はビジネスとして成立しないと結論づけられています(※2)。その理由は、生成される金の量がごく微量で、かつほんの一瞬しか存在しなかったからです。
2015年から2018年にかけて、LHCで生成された金原子核は全部で約860億個でした。大量に思えますが、実は質量にすると約29ピコグラムで、これは髪の毛1本の300万分の1程度です。
そもそもLHCは宇宙誕生直後の世界を探求・再現するための実験装置であり、金は実験の過程で生じた超微量の副産物。仮にLHCで金を作り続けたとして、金の生成には莫大なエネルギーが必要です。金1gを生成するのに必要な電気代は、30円/kWhとして、1京8,000兆円にのぼるという試算も。さらに、生成された金原子核は一瞬でほかの粒子に分裂してしまい回収はほぼ不可能なため、割に合わないことがわかります。
水銀から金を大量生成できる?…錬金ビジネスに挑戦する米企業
しかし近年、“錬金術をビジネスとして成立させる”と主張する企業も登場しています。2025年、アメリカのスタートアップ企業「マラソン・フュージョン」は、D-T(重水素・三重水素)核融合炉のブランケット部で発生する14.1MeVの高速中性子を水銀198に照射し、中性子増倍反応とベータ崩壊を経て金197を生成する理論モデルを発表。その技術に注目が集まりました。
同社の研究チームの論文によると、シミュレーションでは1GW(熱出力)級の核融合炉1基あたり、年間約2,000kgの金が生成可能とのこと。電力出力1GWに換算すると年間約5,000kgに達する規模で、その市場価値は年間数百億円にのぼるといいます。同社は、核融合炉の発電による電力収入と金の売却率を合わせると、燃料費など諸々のコストを差し引いても大幅な黒字になると結論づけています(※3)。
ただし、核融合炉を使った錬金術には無視できない課題があるのも事実です。まず、金を生成するためには国際条約で厳しく規制されている水銀が大量に必要になり、安全管理の面で不安が残ること。また、この錬金術ではほかの放射性同位体も不純物として出てくるため、金から放射性物質が消えるまで長い冷却期間がかかること。一般流通しても問題のないレベルを目指すなら、17年ほどかかるようです。
そして最大の問題は、核融合発電そのものが実用化されていない点にあります。核融合炉錬金術はあくまで理論上の仕組みであり、実現にはほど遠いようです。
「地球にある分しか存在しない」…金が持つ絶対的な希少価値
現代技術によって、人工的に金を作り出すこと自体は“可能”と証明されたものの、ビジネスにならない以上、富をもたらすほどの錬金術は人類にとってまだまだ夢物語。事実上、やはり金は地球にもともとある分しかなく、希少価値は変わっていません。そのため市場価格に与える影響はほぼゼロで、人工的な大量生産によって市場供給が過多になり、金の根本的な希少価値(ファンダメンタルズ)が損なわれるリスクは極めて低いといえるでしょう。
とはいえ、それは人類がいまの技術力のまま足踏みしていたらという話。現代の錬金術師たちが、低コストかつ安定した金の生成方法を編み出す日がいつか訪れるかもしれません。
〈出典〉
※1 Gigazine「鉛から金へ変換する「錬金術」がCERNの大型ハドロン衝突型加速器で観測される」
https://gigazine.net/news/20250512-lead-to-gold-cern-lhc/
※2 PC Watch「鉛から金への錬金術に成功するも、富までは程遠い」https://pc.watch.impress.co.jp/docs/news/2013329.html
※3 arXiv「Scalable Chrysopoeia via (n,2n) Reactions Driven by Deuterium-Tritium Fusion Neutrons」
https://arxiv.org/abs/2507.13461
