「介護してくれた子に多く残したい」は口約束では実現しない…必要だった生前の準備

こうした介護をめぐる相続トラブルは、決して一部の裕福な家庭だけの話ではありません。最高裁判所の司法統計(令和6年)によると、家庭裁判所に持ち込まれた遺産分割の争いは年間約1万5,000件にのぼります。

そのうち約76%が遺産額5,000万円以下のごく普通の家庭です(※1)。介護の負担は外からは見えにくいものです。だからこそ、「感謝している」と「相続で多く受け取るべき」が、別々に考えられることも少なくありません。

久美子さんのようなケースでは、「寄与分」が問題になることがあります。寄与分とは、被相続人の療養看護などによって財産の維持や増加に特別な貢献をした相続人について、相続分を調整する制度です(※2)。もっとも、介護期間や介護内容、財産への貢献度などを総合的に判断するため、介護したからといって希望どおりの金額が認められるわけではありません。

では、「介護で世話になった子に多く残したい」という親の意思を確実に実現するには、何が必要だったのでしょうか。

●介護が始まった直後が、遺言書作成の「最後のチャンス」

最も確実な方法は「遺言書」の作成です。ただし重要なのはタイミングです。認知症が進行すると、法的に有効な遺言書を作成するために必要な「意思判断能力」が失われます。久美子さんの場合も、母が要介護認定を受けた直後、まだ自分の意思を言葉にできていたあの時期が、現実的な最後のタイミングだったといえます。

自筆証書遺言は費用をかけずに作成でき、2020年から始まった法務局での保管制度(手数料1通3,900円)を利用すれば紛失や改ざんのリスクも防げます(※3)。

また、母が認知症を発症する前であれば、介護を担う子を生命保険の受取人に指定しておく方法もあります。死亡保険金は原則として遺産分割の対象外のため、他のきょうだいの同意を得ることなく受け取ることができます。

●口約束を「見える形」に残す

遺言書の作成が間に合わなかった場合でも、家族で話し合った内容を書面として残しておくことが、後々の認識のズレを防ぐ一助になります。ただし、こうした合意書に遺言書ほどの法的効力はありません。あくまで「きょうだい間の心理的な抑止力」として機能するものです。それでも、口約束だけで終わらせないことには意味があります。

親が「ありがとう」と言葉にできるうちに、動ける選択肢があります。遺言書の作成でも、家族でのひと言の確認でも構いません。久美子さんが「もっと早く動いていれば」と後悔した日は、母の死後ではなく、介護が始まったあの日に、静かに始まっていたのかもしれません。

(※1)最高裁判所「令和6年司法統計年報 家事編」(https://www.courts.go.jp/saikosai/vc-files/saikosai/toukei/toukei-pdf-12787.pdf 

(※2)e-Govポータル「民法904条の2」(https://laws.e-gov.go.jp/law/129AC0000000089

(※3)法務省「遺言書保管制度の利用状況」 (https://www.moj.go.jp/MINJI/common_igonsyo/pdf/number.pdf

三原 由紀
プレ定年専門FP®