「FIRE」を選ばなかった理由…55歳が守りたかったのは「枯れない泉」

「早期退職しないんですか?」と聞かれたときの奥田さんの答えは、いつも同じでした。

「定年まで、ここにいるつもりだよ」

資産3億円。普通に考えれば、今すぐFIREを選んでもおかしくありません。しかし奥田さんには、会社に残る明確な理由がありました。

コロナショック、トランプ関税、ウクライナ戦争の長期化……世界は「まさか」の連続です。グローバルリスク・地政学リスクによる急落はいつ起きてもおかしくありません。予想だにしなかった危機の前では、3億円の資産が一夜にして半減することもあり得ます。

資産は「大きな池」のようなもの。どれほど満々と水を湛えていても、日照りが続けばいつか干上がります。だからこそ必要なのは、池の大きさではなく、そこに絶えず水を注ぎ込む「泉」を持つことだと奥田さんは考えていました。

毎月の給料、将来の厚生年金、会社が半額負担してくれる健康保険料……一つ一つは大きくなくても、脈々と湧き続ける泉は、どんな嵐の後にも池の水位を回復させてくれます。

加えて、55歳で無職になれば対外的な信用力は一気に落ちます。不動産の賃貸契約もクレジットカードの審査も、「会社員」という肩書が見えない担保になっています。さらに父親が70代で認知症を発症した経験から、「人と関わらなくなったらボケる」という思いも強くありました。

「稼ぐ必要はないけど、居場所と泉は手放したくないんだよ」——それが奥田さんの本音でした。