子どもにとっての実家は、心理的な拠り所としての側面が強くなりがちです。しかし、そこに住む親にとっては、日々の移動や建物の修繕といった生活の継続性が問われる現実の場です。本記事ではAさんの事例とともに、親子間の認識のズレが招く事態と、高齢期の住まいの所有リスクについて、FPオフィスツクル代表・内田英子氏が解説します。※本記事で取り上げている事例は、複数の相談をもとにしたものですが、登場人物や設定などはプライバシーの観点から一部脚色を加えて記事化しています。読者の皆さまに役立つ知識や視点をお届けすることを目的としています。個別事例の具体的な取り扱いは、税理士・弁護士・司法書士など専門家にご相談ください。
年金18万円・実家の母を頼りに帰省した43歳リストラ息子…「実家だった場所」にあった“カーテンのない窓”と『売物件』の看板に愕然。老人ホームへ引っ越した「母の事後報告」【FPの助言】
親子間の認識のすれ違い
Aさんにとって実家は、「つらくなったときに帰れる場所」でした。しかし、母親にとっては、毎日を生きていくための生活基盤でした。買い物や、通院、介護サービス、家の維持管理といった毎日の積み重ねが、暮らしの見通しに少しずつ影響を与えていました。
Aさんは、実家がそこにあり続けるものだと思っていた一方で、母親は、自分の暮らしを守るために家を手放す判断をしていたのです。
親子であっても、相手の事情を具体的に想像することは難しいものです。遠く離れて住んでいれば、なおさらこのような行き違いが起こっても不思議ではありません。
老後、本当に怖いのは「住みにくい家」を持ち続けること
Aさん親子のケースで幸運だったのは、家を売却できたことです。家が売れたということは、その家に「買い手がつくだろう」という評価がなされたということでもあります。
近年は地方を中心に「売りたくても売れない家」が増えています。人口減少や過疎化が進む地域では、不動産の買い手がつかず、査定をしても値がつかないケースも珍しくありません。駅から遠い、周辺に商業施設や病院がない、建物の手入れがまったくされていない、土地の形状が悪い、道路に面していないといった条件は売却時には不利に働きやすい条件です。
さらに深刻なのは、売れない家でも維持費がかかり続けること。固定資産税や火災保険料などの負担は消えません。持ち家があることと、その家で暮らし続けられることは、まったく別の問題です。高齢期の住まいは、所有の有無ではなく、サポートを得られやすい生活をベースに判断することが望まれます。
物価上昇と人手不足を背景に、現在、住宅の維持管理費用は上昇傾向にあります。十分な金融資産がなければ適切な維持管理が難しくなり、将来はさらに売却しにくくなる恐れも。もし売却が困難な状況で相続が発生すると、処分費用が売却価格を上回り、相続人には負債となるリスクが発生するのです。
Aさんの実家も、もし数年遅れて判断していたら、家の老朽化がさらに進み、売却自体が困難になっていたかもしれません。売れるうちに動けたからこそ、現金化することができ、住み替えが可能となったのでしょう。
子どもを「当てにしない」覚悟も、終活の一つ
Aさん親子のケースが示しているのは、親子であっても、それぞれが別の人生を歩んでいるという事実です。
子どもには子どもの生活があり、親の事情を常に把握しているわけではありません。たとえ血のつながりがあっても、物理的・心理的に距離が離れていれば、互いの生活実態はみえにくくなります。
「子どもがいるから安心」と考えている人も少なくないでしょう。しかし、子どもが必ずしも親の期待に応えてくれるとは限りません。それは子どもが冷たいのではなく、自分の人生で精いっぱいだからです。
だからこそ、終活は「自分で決められるうちに決める」という視点が大切です。母親が家を売却し、有料老人ホームに移る決断をしたのは、諦めていたからではなく、息子を当てにせず、自分の力で自身の暮らしを守る選択でした。
「持ち家があるから安心」「子どもがいるから大丈夫」そうした思い込みが、かえって選択肢を狭めることがあります。いまの家で本当に暮らし続けられるのか、困ったときに誰を頼れるのか。どこまで頼れるのか。一度状況を棚卸しして、早めに動くことが、自分らしい老後の暮らしを守ることにつながるのではないでしょうか。
子どもを当てにせず、自分の暮らしは自分で指揮を執る。それが、これからの時代の終活なのかもしれません。
内田 英子
FPオフィスツクル代表