セカンドライフとして、豊かな自然に囲まれた「地方移住」を夢見る人は少なくありません。しかし、配偶者の一方にとっての理想の老後が、必ずしももう一方にとっての理想と同じとは限らないのが現実です。本記事ではAさんの事例とともに、夫婦のすれ違いが招くライフプランの崩壊リスクについて、社会保険労務士法人エニシアFP共同代表の三藤桂子氏が解説していきます。※プライバシー保護の観点から、相談者の個人情報および相談内容を一部変更しています。
私は行きませんから…3年かけて「地方移住」の準備をしてきた退職金2,000万円の60歳定年夫、下見から帰宅していよいよ決行という矢先。妻から放たれた「衝撃の一言」【FPが解説】
もう従わないことにした妻
いままで自分の決めたことになにもいわず受け入れてきた妻からの拒絶に、Aさんは「いまさら、なぜ?」と不思議そうに聞き返します。すると、妻からは淡々とした返答が。
「あなたはいつもそう。大事なことなのに全部勝手に自分で決めて。この家もそう。再雇用のこともそう。旅行もそう。私は本当は、夏は避暑地に行きたかった。でも、あなたは一層暑苦しい沖縄に行きたいとぼやいたと思ったら勝手に予約して。……今回のことだって。行きたいことをほのめかしているだけで、面と向かって相談されたことは一度もない。誠実さがまったくない。私は田舎になんか住みたくない。日に焼けるし、畑仕事の老後なんてまっぴら。いままでは従ってきたけれど、これからは自分の人生を生きます」
ビックリしたAさんは反論します。
「いまさらなにをいっているんだ。いままでなにもいわずに従ってきたのに。俺は定年まで家族のために一生懸命働き続けて、やっとゆっくりできる環境のいい場所を選んできたのに。なんの文句があるのか」
しかし、妻の決意は固いものでした。
「あなたのその自分勝手なところにうんざりしています。この先、四六時中一緒に過ごすのは耐えられません」
「熟年離婚」の現実…財産も年金も半分になるという代償
Aさんの定年時の退職金は2,000万円。年金は企業年金を含めて年間約270万円(月額22万5,000円)の受給が見込まれ、貯蓄も4,000万円ありました。一般的に老後の備えとしては十分な金額といえるでしょう。経済的にもなんの不満があるのか理解できないでいるAさんに、妻が言い放ちます。
「いままでの生活の拠点を変えるというのであれば、離婚します。あなたと2人での田舎暮らしはできません。財産分与は裁判所できちんと決めましょう」
Aさんは、いままで妻が自分の意見に反対したことがなかったので、賛同しているものだと信じ切っていました。そして、家族が何不自由なく暮らしてこられたのは、自分が仕事を頑張ってきたからだと自負していたのです。
結局、妻から離婚調停を申し立てられたAさんは、はじめて「自分は意見を押し付けてばかりで、コミュニケーションをとってなかった」と気づきます。とはいえ、「離婚」という言葉を口にした妻との関係の修復は不可能だと諦め、同意することに。退職金、貯蓄、年金はすべて半分に。1人になったAさんは、ゆっくり地方で暮らすという計画を断念します。「いまさら1人で地方に暮らしても無意味だ」と気付いたそうです。
お互いが「同じ方向」を向いているとは限らない
夫婦といえども別の人間であり、老後に描いている理想の「セカンドライフ」が同じ方向を向いているとは限りません。このような「熟年離婚」が老後資金にどれほど深刻なダメージを与えるか。長年かけて準備した数千万円の老後資金も、離婚による財産分与と年金分割を経れば、1人あたりの生活資金は一気に半減してしまいます。夫婦2人で暮らす前提で組まれたライフプランは崩れ、お互いに経済的な不安を抱えたまま老後を迎えることになりかねません。
現代社会では、さまざまな場面で「多様化」という言葉が使われています。夫婦の形も同様です。一般的に「夫婦」というと、婚姻した男女のことを指しますが、お互いコミュニケーションをとり、協力し支え合うパートナーもいます。当然のことながら、法律上の婚姻関係というだけでなく、お互いに意思を尊重し、協力して支え合うパートナーシップが求められています。
熟年離婚という取り返しのつかない事態を防ぐためには、日ごろから「お金」や「これからの生き方」についてオープンに話し合うことが不可欠です。普段忙しいからと話すタイミングがない人も、定年退職や子どもの独立といったセカンドライフの転機には、一度立ち止まってみてください。「退職金はどう使うか」「どんな生活を送りたいか」を、独り言ではなく、真正面からパートナーと話し合う時間を作ってみてはいかがでしょうか。
三藤 桂子
社会保険労務士法人エニシアFP
共同代表