定年の引き上げや再雇用制度の普及を背景に「年金繰下げ受給」への注目度が高まっています。65歳以降も働く人が増えたことで、その間は給与所得でやりくりしつつ、受給総額を増やすために繰下げを選択する人も増えているようです。しかし、年金の繰下げにはいくつか注意点があることはご存じでしょうか。70歳男性の事例をもとに、年金繰下げ受給の注意点をみていきましょう。
42万円振り込まれるはずでは…待ちに待った年金支給日の銀行ATM前、70歳男性が通帳を見て顔をしかめたワケ【CFPが「年金繰下げ受給」の盲点を指摘】
「年金繰下げ受給」の落とし穴
それは、繰下げで増える年金はあくまで「額面」であって「手取り」ではない、ということです。
日本の税制は、収入が増えるほど税率が高くなる「累進課税」です。年金額が増えると税率が上がるだけでなく、「介護保険料」や「国民健康保険料」(75歳以上は「後期高齢者医療保険料」)も所得に応じて跳ね上がるため、額面ほど手取りは増えません。
今回の事例においても、たしかに年金は5年繰り下げた分42%増額されていたものの、コウヘイさんは税金や社会保険料の負担増を計算に入れていませんでした。
「冷静に考えれば当たり前の話ですが、楽しみにしていただけに正直ガッカリです……」
繰下げ受給を選択→医療費負担が「1.5倍」になる可能性も
また、支出面にも影響する可能性があります。
70歳以上75歳未満の「医療費」の窓口負担は原則2割ですが、所得が高い「現役並み所得者」は3割負担になります。もともと年金が多い人が繰下げによってさらに所得が増えた場合、窓口での負担額が1.5倍になってしまった……というケースも実際に起きているのです。
一方、年金が少ない人も注意すべき点があります。それは「優遇制度を失うリスク」です。
住民税非課税世帯であれば、介護保険料が大きく軽減されるほか、医療費の自己負担や高額療養費制度の上限も低く抑えられます。通院や入院が多い高齢者にとって、これは見逃せないメリットでしょう。しかしこの優遇が適用されるかどうかは、前年の所得に基づく住民税の課税状況で決まります。
厚生労働省「令和5年(2023年)国民生活基礎調査の概況」によれば、65歳以上の世帯のうち、約38.1%が住民税非課税世帯です。地域によって異なりますが、都心部で65歳以上・単身・年金収入のみの場合、収入がおおむね155万円以下であれば「住民税非課税世帯」に該当します。
ところが、年金を繰り下げて受給額が増え、このラインをわずかでも超えてしまうと「課税世帯」となり、こうした優遇を受けることはできなくなるのです。
このように、状況によっては「年金が増えても家計全体ではむしろ損になる」という事態に陥りかねません。