遺言は、相続が終わってからも遺族の生活に大きく影響を与えます。故人の遺志を記した“物言わぬ文書”が、ときには遺族を束縛してしまうことも……。亡き父の「実家は売らず、守っていくように」という遺言に悩まされた60代兄弟の事例をみていきましょう。
実家は売らないでくれ…亡き父の「遺言」に縛られていた60代兄弟、“母親には内緒で”実家売却を計画【CFPが解説】
母は介護施設へ…空き家になった実家はどうする?
AさんとBさんは前述の経緯を話してくれたうえで、「口では母に同居を提案したものの、自分たちの子どもたちが大学受験を控えており、また自宅のバリアフリー化もしていないため、正直なところ同居は現実的ではない」とのことでした。
また母親であるCさん自身も、今後さらに介護度が高くなると施設への入居は避けられないと、手ごろな施設(老人ホーム)を探しているようです。
兄弟が立てた“2パターン”の計画
こうした状況を踏まえて、AさんとBさんは「母のケア」と「将来の実家」について、次のような計画を立てました。
【母に伝える予定の計画】
- 母がひとりで実家に住むのは、健康管理や防火、防犯の面などでも心配。よって施設入居はやむを得ない。入居後も母との連絡は今以上に密に取る
- 施設の月々の費用について、母の年金で足りない分は兄弟で負担する
- 母が施設に入居した後、再び実家に帰って来る可能性もあるため、実家は「空き家」として管理する。なお、その費用は兄弟で負担する
【母には内緒の計画】
- 父の遺言には背くが、実家の維持は家計の重荷となるため売却する方針
- 母の逝去後、実家は「空き家特例(※)」を利用して売却する
(※)空き家特例(被相続人の居住用財産(空き家)に係る譲渡所得の特別控除)とは……被相続人(今回のケースでは母親のCさん)が住んでいた家およびその土地を相続した相続人(今回のケースではAさんとBさん)が、相続開始の日から3年を経つ年の12月31日までに、一定の要件を満たして家や土地を売った場合、売却益(譲渡所得)から3,000万円を特別控除できる制度のこと。
筆者は兄弟の考えを聞いて、専門的な立場から指摘すべきいくつかの細かな部分を除けば、おおむね賛成できることを伝えました。
「遺言」がもたらした効果
兄弟が父の遺言を破るのは勇気がいるでしょう。遺言などによって示された遺志は、相続が終わってからも遺族に対して影響を与え続けます。
とはいえ、遺言を守り続けた場合と破った場合の金銭的な価値をそれぞれ客観的に考えてみると、遺言を破ってでも実家を売却するという兄弟の決断は、否定しにくいものがあるでしょう。
AさんとBさんは今回の話し合いを機に、家計収支の見直しや自宅のバリアフリー化など、今までは他人ごとだった「老後への備え」を自分ごととして考えるようになったそうです。
この騒動は、結果的に息子たちが自分ごととして「老後」や「相続」を真剣に考える良いきっかけになりました。亡くなった父も、自身の遺言が息子たちにとってよい方向に働いて、ほっとしているかもしれません。
牧野 寿和
牧野FP事務所合同会社
代表社員