人生100年時代、限られた資金で実りある暮らしを送るためには、ないものを補う「工夫」と、無駄を削ぎ落とす「簡素な暮らし」の視点を持つことが大切です。本記事では、保坂隆氏の著書『楽しく賢くムダ知らず 「ひとり老後」のお金の知恵袋』(明日香出版社)より一部を抜粋・編集し、単なる節約とは異なる、お金に振り回されない老後を過ごすための心構えを解説します。
年金生活の不安を減らすヒントは「ないものを補う工夫」と「無駄をなくす“簡素な”暮らし」お金をかけない〈老後の過ごし方〉のコツ
リタイア後は「質素な暮らし」ではなく「簡素な暮らし」
老後は、暮らしを少しずつスリムにしていくほうが自然です。それはリタイアして年金で暮らすにしても、仕事を続ける生き方を選んでも同様です。暮らしの贅肉を落とし、スリム化を心がけるとき、いちばん大事なことはなんだと思いますか?
「簡素」と「質素」をはき違えないことです。
簡素とは、禅の言葉でよく使われる言葉で、「無駄なものを削ぎ落としていく」こと。本当に必要なものであれば、あるいは本当にほしいと思うものなら、高価であっても迷いなく買い求めますが、自分にとって必要がないものは、ふだんよりかなり安い価格がついていて「買い得だなあ」と思っても手を出さない……。そんな姿勢をいいます。
ある禅僧は「簡素な暮らしは心を磨くもと」と語っています。また、千利休は「茶禅一味」(「茶の湯と禅の本質は同一であるべき」という意)と言い、ついには「家はもらぬほど、食事は飢えぬほどにて足りることなり」という境地に達し、茶室も2畳ほどの小間を好みました。茶杓などは庭の竹を削って作ったものを愛用するなど、一見ケチケチ生活でしたが、その精神性は崇高で奥深く、究められたものだったのです。
一方、質素は、「質素倹約」という言葉があるように、いつも節約を心がけ、買い物をする場合も少しでも安いものを探して買う……。そんな暮らし方をいいます。その結果、やたらに価値が低い、安物に囲まれた暮らしとなり、心まで貧しくなってしまいます。
やりくりして暮らすからといって、「貧すれば鈍する」になってはいけません。
「心の豊かさ」を大事にしたい老後
人生の実りの時期ともいうべき老後は、心の豊かさこそを大事にしたいもの。「簡素」を旨としていれば、慎ましい日々であっても、凛とした気品が漂う暮らしになるでしょう。
私の知り合いに二人の女性がいます。
ひとりは3年ほど前に65歳になり、国民年金生活に入ったそうです。国民年金の支給額は満額で月々6万円強と、なかなか厳しいもの。彼女は近くのパン屋さんでパートをして、足りないぶんを補っていますが、そうしたなかでも、毎月1日と15日には好きな花を1、2輪買い、部屋に飾っています。
一方、もうひとりの女性は、「節約、節約」と言いながら、バーゲンという言葉にめっぽう弱く、つい衝動買いをしてしまうことが少なからずあります。でも、仏壇の花は途絶えがち……。
どうでしょうか。二人の暮らしを比べてみれば、言うまでもなく、前者が「簡素」な暮らしです。やりくりしながらの暮らしではあっても、前者のように華美や豪奢とは距離を置きながら、でも心はこのうえなく豊かな暮らし方をめざしたいものですね。
保坂 隆
保坂サイコオンコロジー・クリニック院長