妻に深く刻まれた「産後に受けた心の傷」

当時、山口さん夫妻は20代半ば、初めての子どもを授かりました。無事出産した喜びも束の間、妻は退院後、産後の傷の痛みを抱えながら、寝不足のなかで必死に育児をしていました。

しかし、山口さんは「仕事が忙しい」「会社の飲み会だから」と帰りが遅い毎日。退院直後から育児は完全に妻任せでした。 頼りの妻の母親も体調を崩しており、誰にも助けを求められない日々。そして退院から2週間後、妻は乳腺炎で40度の高熱を出してしまいます。

妻は当時を振り返りながら、言い募りました。

「身体が辛くて、自分のことだけでも精一杯なのに、それでも赤ちゃんは泣き続ける。私が『お願い、今日だけでいいから会社を休んで、私を病院に連れて行って』って頼んでも、あなたは心配する声ひとつかけずに『今日はどうしても外せない会議があるんだ』とだけ言って出て行ったのよ」

「しかもその週末、熱が下がらず苦しむ私に対して『大事な接待ゴルフがある。出世がかかってるんだ』あなたはそう言って、高熱の私と赤ちゃんを二人きりで家に残して、出かけて行ったのよ。その瞬間、『この人は、私が人生で一番つらい時に、私と子どもを見捨てたんだ』『この人と一生添い遂げるなんて無理だわ』って心底思ったわ」

山口さんは、「そんな昔のことで…?」「俺だって若かったし、その頃は仕事が本当に大変な時期で…」「謝るよ、悪かった!」 と必死に弁解しましたが、妻は静かに首を横に振りました。

「結局、それからもあなたは常に家族よりも仕事が最優先。そのスタンスが変わることはなかったわ」

「昔の心の傷」が顕在化するタイミング

出産・育児という女性が心身ともに最も過酷な時期に受けた「心の傷」は、数十年という時を経て再び浮かび上がることがあります。それが顕在化しやすいのが、「子どもの独立」や「夫の定年退職」という節目のタイミングです。

子どもが無事独立すると、教育費などの経済的な責任や、子育てという共通の目的を一旦終え、親としてではなく、夫婦として向き合う時間が増えます。

また、定年時に「退職金」が確定する方が多いため、妻からすれば長年の「内助の功」に対する正当な権利として、退職金も含めて財産分与を要求できるタイミングでもあります。

さらに、心理的な面では、これまで「仕事で不在」だった夫が「退職して四六時中家にいる」ようになることで、妻の我慢が限界に達する、というケースも少なくありません。