“自分でやれば安く済む“の裏にある「見えないコスト」

印象的だったのは、「タイル事件」です。

私が一軒目に購入した物件のキッチンをリノベーションしていたときのこと。工事に使用するタイルをショールームでオーダーしたのですが、タイルの在庫はブルックリンの外れの倉庫にありました。このタイルを倉庫から自宅まで届けてもらうと、配送料は180ドル(当時のレートで約2万円弱)。

対してZipcar(会員制のカーシェアサービス)を借りて取りに行けば2時間で約40ドル。つまり140ドルもおトクです。幸い倉庫は車で行けばさしたる距離ではなかったため、私は車を借りて、自力でタイルを取りに行くことにしました。そして彼にも「手伝って」と声をかけたのです。

けれど彼は、なんだか朝からごきげん斜め。不審に思いながらも、店頭で受け取ったタイルを車に詰め込み、私のアパートまで帰ってきました。なんとか車からタイルを降ろし、部屋に運ぼうとしたそのとき、彼が急に声を荒げてこう言ったのです。

「なんでそこまで自分でやるの? その時間の価値って考えたことある?」──結果的に、マンションのドアマンにチップを払い、タイルの運搬をお願いすることになりました。

この出来事は、私にとってひとつの転機となりました。当初は配送料とレンタカー代を天秤にかけ、安いほうを選んだわけですが、実際には自分が費やした時間、体力、考えるエネルギー、それらすべてが「見えないコスト」だったのです。

この一件以来、「自分でやれば安く済む」という思い込みを手放すようになりました。“Money is a great servant but is not a great master.” ──直訳すれば「お金は優れた召使いで、あなたの主人ではない」、つまり、「お金のために働く」「お金のために我慢する」のではなく、自分の人生を豊かにする道具として、お金はうまく使うべきだという考えです。

“Life is too short to eat bad food.” (人生は有限なのだから、まずい食べ物で我慢するな)

限られた人生、「努力」や「気合い」で頑張るよりも、お金も時間も、自分の味方にできるような使い方をしたい。そんな風に考えながら、今日も心地よい暮らし方を探しています。

あっち