「お守り」としての寄附をする

さらにもうひとつ、僕が長年続けているお金の使い方がある。それが、寄付だ。始めたのは、最初に社員として勤務した会社の同僚(「ねぇ森くん、一緒に会社を辞めない?」と言った彼)から、「人生がうまくいく秘訣を教えてあげる! 寄付に回すといいよ。いいことをしておくと、いいことが返ってくるから」と言われたことがきっかけだ。

ちょうど25歳になるときだったので、「善行をしよう」と、当時の給料の1%である3000円から、毎月の寄付を始めた。どこに寄付するかは迷ったが、子どもには何の罪もないのに、戦争や貧困で死ぬのは可哀想だと考えていたので、ある国際的な慈善団体にした。

収入も増えたので毎月1万円を寄付していたところ、2019年10月に、愛知県の自宅に団体から書類が届いた。たまたま帰国していたので開封してみると、募金を10年継続した感謝状だった。

商品のすり替え詐欺や500万円分の商品持ち逃げなどのトラブルに遭ったときも、「自分は人のためになることをしている。大丈夫だ、これ以上悪いことは起こらない」と思ってきた。寄付をしていることは、僕にとって「お守り」でもあったのだ。

団体から感謝状が届いた日、まったくの偶然だが、ロシアで第一子が生まれた。長女のソフィアだ。初めて顔を見ても父親としての実感は湧かなかったが、夜泣きで眠れない日々を過ごすうち、次第に責任感らしきものが芽生えてきた。この子たちが元気に、よりよく生きていけるように、今は日本の教育施設に寄付をしている。

森 翔吾