長年勤めた会社を定年退職し、退職金を手にして晴れて第二の人生のスタートを切る――。そんな人生の節目に、妻から思いがけないひと言を告げられ、想像もしなかった老後が始まってしまう。実は、こうした“退職と同時の離婚”という現実は、決して珍しいことではありません。今回は、退職の夜に妻から「まさかの一言」を告げられた会社員のケースをもとに、ファイナンシャルプランナーの小川洋平氏がその背景と教訓を解説します。
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老後設計を根底から揺るがす“熟年離婚”
三浦さんのように退職前後で熟年離婚を言い渡されるケースは少なくはなく、老後に経済的に困窮するきっかけにもなります。
老後の資金計画は、一般的には夫婦での生活費と年金額を基に設計されます。たとえば、夫婦2人で月25万円の生活費が必要で、年金が合計月20万円なら、不足分の月5万円×12ヵ月×30年=1,800万円ほどが必要という目安として考えられます。
ところが、離婚によってこの前提は大きく崩れることになります。結婚期間中に築いてきた資産は原則として1/2となり、厚生年金も分割協議の対象となります。
自分一人になっても光熱費や食費などの生活費は思ったよりも減らず、むしろ家事や料理を任せきりだった場合は外食・総菜に頼るようになり支出が増えることもあります。つまり、離婚によって生活コストは「半分」にならない一方、資産と年金は半分になってしまうのです。
たとえ資産は残っても…お金には代えられない、失った大切なもの
三浦さんの場合、結果として手元に残った資産は2,500万円。住宅ローンの残りはあるものの、65歳までの雇用が決まっており、65歳からの年金見込み額も月15万円。「1人で生活していくのには十分」……そう思われるかもしれません。ですが、熟年離婚に残るのはお金だけの問題ではありません。
その夜から続く沈黙と虚無は、どんな数字でも埋められません。冷蔵庫に貼られた妻の好きな料理のレシピ、がらんとした部屋。そこにあるのは、誰かと生きてきた証が消えた現実でした。再婚の可能性は薄くなる年齢でもあり、孤独と経済不安、健康や介護不安を抱えた老後が一気に現実味を帯びてきます。
胸の奥に広がるのは「何のために頑張ってきたのか」という空洞。働き続けた40年の先に待っていたのは、安泰ではなく孤独だったのです。
幸せな老後に必要なのは「お金」と「関係性の棚卸し」
今回は、退職と同時に熟年離婚を告げられた男性の事例を紹介しました。築いてきた資産や、これから受け取るはずの年金だけでなく、家族の絆までも失ってしまう――そんな現実は決して珍しくありません。お金の準備だけでなく、夫婦や家族との関係づくりもまた、人生のリスク管理の一部と言えるでしょう。
もちろん、離婚そのものが悪いわけではありません。長年の不満や心のすれ違いを抱え続けることが難しい場合もあります。しかし、夫婦としてのこれからを語り合う機会を持たず、「退職金を受け取るその日」が“終わりの日”になってしまったとしたら――それはとても残念なことです。
子どもの独立や退職の前後は、熟年離婚が起こりやすい時期でもあります。三浦さんのように、晴れやかに迎えたはずの退職日が「人生最大の喪失の日」とならないように。老後の生活設計や資産運用だけでなく、これからどんな生き方をしたいのか。夫婦で未来を共有し、共に歩むための対話を重ねていくことが大切です。
小川 洋平
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