老後資金7,000万円──数字だけ見れば、誰もが「安心できる老後」と思うかもしれませんが、実際にはその“安心”を感じられない人が少なくありません。「お金が減るのが怖い」「この先どうなるかわからない」......。貯めてきたからこそ使うことが怖くなる、そんな不安を抱える田中さん(仮名・68歳)もその一人でした。本記事では、CFPの伊藤寛子氏が、“貯める”から“活かす”へお金との付き合い方を見直した田中さん夫妻の変化を例に、老後資金の活かし方について解説します。
「嫌だ、少しも減らしたくない…」通帳残高に固執する68歳元会社員。資産7,000万円達成でも「不安で不安で仕方がない」深刻な理由【CFPの助言】
老後資金のゴールは“いくら貯めたか”ではない
妻の知人の紹介で訪ねたFPは、まず田中さん夫妻の家計を丁寧にヒアリングしました。収入は年金のみで、夫婦合わせて年間約290万円。支出は、生活費や特別費を含めておよそ300万円。差額を貯蓄から取り崩していっても、資産全体への影響はわずかだということがわかりました。
FPはこう話しました。
「多くの方が“減らさない”ことを目標にしがちですが、“どう活かすか”も含めて老後の暮らしを設計することが大切なんです。田中さんはこれまでしっかり老後資金を貯めてこられました。お金が足りなくなることよりも、むしろ“自分の好きなことにお金を使える時間”が減っていくことに目を向けたほうがいいかもしれません」
そして続けます。
「老後資金のゴールは、“いくら貯めたか”ではありません。“老後をどう過ごしたいか”、“やりたいことは何か”、そのために老後資金を活用できることこそがゴールです」
田中さんは、ハッとした表情を浮かべながらうなずきました。その後、夫婦の希望や価値観を整理していくと、田中さん夫妻がこれからの暮らしの中でやりたいこと、優先させたいことが見えてきました。
・夫婦で旅行を楽しみたい
・月に一度は外食を楽しむ
・子どもに金銭的負担をかけることのないよう、夫婦分の介護費用を確保したい
これらの希望を反映したライフプランをシミュレーションした結果、さらに年間のゆとり費を50万円増やしても、100歳時点でも資産を十分に維持できることが分かりました。
「数字で見ると安心ですね。初めて『貯めたお金を使っていっていいんだ』と思えました」
田中さんは笑顔でそう語りました。それ以降、田中さん夫妻はこれまで「交通費がかかるから」と我慢していた遠方の観光地や温泉にも出かけるようになりました。行った先でも安心してお金を使えるようになり、夫婦で心から楽しむ時間が増えました。
1年後、再びFPのもとを訪れた田中さん夫妻は、穏やかな様子で報告をしました。
「無駄遣いはしていませんが、節約ばかりの生活ではなくなり、楽しみとのメリハリができました。貯金は少し減っているけれど、“使う想定の範囲内”だと思うと気持ちが楽です」