サンプラザ中野くんとパッパラー河合の「生きがい」は?

――ちなみに河合さんの生きがいは?

河合:やっぱり音楽ですね。生きがいというか目標になっちゃうけれど、85歳まで爆風スランプをやりたい。正確に言うと86歳まで。歴代最高齢の紅白歌合戦出場歌手になるためです。加山雄三さんが85歳で引退したので、その記録を更新したいです。今64歳だから後22年。22年後を目指して頑張ると言うのは生きがいになる気がします。

中野くん:私はですね、「いい歌を歌うこと」かな。「いい歌」っていろいろな意味があるのですが、人を納得させられる歌というか、「この人はいい歌を歌うねえ」と言われるような歌を歌えるようにまだまだ研鑽していきたいです。

河合:魂ですよね。魂が伝わるかどうかですよ。

中野くん:そうね。私は125歳まで生きるという明確な目標を抱えていまして、125歳の誕生日に歌って帰りの階段で倒れて死ぬ。いや、外で死んじゃうと周りの人が大変だから家に帰って死ぬ、と決めているんです。だからそれまでは歌い続けたいですね。

「生きがい」がわからない人へ…生きがいの見つけ方

――60代と言えば、現役を引退して第二の人生を歩き出す世代でもあります。人生100年時代とも言われていますが、「いきなり第二の人生って言われてもわからない」「好きなことが見つからない」という人もいると思うのですが、生きがいの見つけ方ってあるのでしょうか?

河合:僕、マラソンをやっているんです。チームで走ったりしているんですけれど、僕より年上の方もたくさんいらっしゃる。そこで思うのが、体を動かすのが大事だなって思っています。とにかく体を動かしてみる。脳も活性化するし、人と話す機会もできる。

散歩もいいですね。そこで草木の知識があれば散歩が倍楽しくなる。気象に詳しければ天気についても倍、語れるようになる。世界への解像度が深くなるんですよね。そんなふうにして、とにかく体を動かしてみると何かが開けてくるんじゃないかなあと思います。

中野くん:さっきのドキュメンタリーの話に戻るんですけれど、沖縄の長寿の人たちは「自分がやれることや仕事をすることで、人が喜んでくれてレスポンスがあってそれが嬉しい」と言うんですよね。

自分ができることって案外たくさんあると思うんですけれど、人が喜んでくれることは何だろう? と考えるといいのかなと思います。さらに上を向くならば、喜んでお金をもらえることにつながったらいいですよね。そこに自分も喜びを感じられることは何だろう? それを探していくことですよね。

僕らの場合は、歌を歌って喜んでくれる人がいる。だからこそもっと喜んでほしいと思って「もっといい歌を歌うにはどうしたらいいんだろう?」ということを日々考えていて、それが生きがいになっている。だから、自分がメインというよりは、自分が何をしたら目の前の人は喜んでくれるんだろう? という目線があれば、自分の生きがいにたどり着くのは早いかもしれないですね。

「老害」と言われても…

――最後にもう一つ。昭和、平成、令和と世の中が目まぐるしく変化して最近は「老害」という言葉も聞かれるようになりました。もちろんハラスメントはダメですが、「老害にならないようにしないと」と戸惑いながらもがんばっている中高年もたくさんいると思うので、メッセージをお願いしたいです。

河合:ちょうど僕たちの世代だと思うんですが、マーケット的にもでかいんですよね。ずっと日本を支えてきた世代だとも思うので、まだまだいけるよと思っています。

中野くん:私たちの曲を聞いてくれてた中高生がいま中高年になったわけで、年齢にとらわれないで生きがい見つけてがんばっていきたいと思います。私たちはいわゆる会社員をやってきた方々と精神的な環境は違ってきたとは思うんです。上司もいなければ部下もいないから、ずっと学生気分のままで。でも皆さんもリタイアされるということはある意味、学生時代の気分に戻るという面もあると思うので、なかなかすぐに戻るのは難しいと思うのですが、また一緒にやろうぜという感じですね。

<プロフィール>
サンプラザ中野くん(Vo)
1960年山梨県生まれ。スキンヘッドとサングラスがトレードマーク。2008年1月からは「サンプラザ中野」から「サンプラザ中野くん」と名前をリニューアルし活動している。阪神タイガースファン。

パッパラー河合(Gt)
1960年千葉県生まれ。ギタリスト、ミュージシャンとしてはもちろん、プロデューサーとしても活躍。90年代にはポケットビスケッツの大半の曲を、近年ではアイドルユニット「クマリデパート」に楽曲を提供。趣味はマラソン、柏レイソルファン。

THE GOLD 60編集部