毎年秋に奈良国立博物館で開催されている「正倉院展」(今年は10月26日~11月11日開催)。1300年前の聖武天皇ゆかりの宝物を見るために、毎年全国から多くのファンが訪れ、1日あたりの平均入場者数は世界有数といわれています。本記事では、その人気の理由について、和と着物の専門家である池田訓之氏が解説します。
虫干しがてら宝物の点検…合理的な展示
さて、正倉院ができてから、約1300年の月日がたった現在、正倉院には9,000点以上の宝物が保管されています。聖武天皇ゆかりの宝物、そのほか奈良時代の宝物が多いのですが、のちの為政者が自分の宝物を寄進する、また東大寺が仏具を寄進するなどして、増えていったのです。
正倉院は宮内庁が管理しており、毎年秋に虫干しがてら、倉庫の錠にかけてある勅封をほどき、錠をあけて倉庫の扉を開きます。そして2ヵ月間、虫干しと宝物の点検を同時に正倉院展として一部の宝物を公開するのです。
1300年のあいだには、まず為政者が天皇から侍に変わるなど、日本では争いが繰り返されてきました。数々の人物が権力を握ってきましたが、どの権力者も、正倉院の宝物は私物化せずに、後世に残したのでした。世界の歴史を見ると、戦いに勝った新しい為政者は、以前の為政者の宝物を破壊するか、自分の懐に入れるのが当たり前の行動パターンです。
しかし日本の為政者は、誰も私物化しなかったのです。厳密にいえば、足利義政や織田信長などは、正倉院宝物では香木を削りとったり、東大寺の僧侶が泥棒に入ったりしたこともあるようですが、聖武天皇のコレクションの多くはいまも現存しており、1300年が経っても残っているのはとても珍しいことです。
「二度と見られないかも」というレア感
現在、正倉院の宝物は9,000点にも上りますが、正倉院展で実際に展示されるのは100点もありません。毎年9,000点の宝物のなかから選ばれた数十点だけが公開されるのです(今年は57点を公開予定)。ということは、全部の宝物を見るには100年以上かかる計算になります。
宝物にも人気度、レア度があり、人気の宝物は周期的に出展されますので、100年は少しおおげさですが、それにしても毎年公開されるラインナップは異なるので、「見逃してしまったら同じ宝物はもう二度と見られないかも……」とたくさんの人が押し寄せるわけです。ちなみに、混雑を緩和するため、数年前から日時指定のチケット制に変わっています。
1300年も前のお宝が現存するという奇跡
昨今、日本では、大規模な災害が続きますが、コンビニなどの略奪がおこらず、配給に並び、互いにわけ与えながら過ごす日本人。スポーツ観戦のあとに自分たちの座っていた周りを掃除して帰る日本人サポーター。第二次大戦中でいえば異国の地で敗戦し退却するときに、いくら飢えていても民間人の村落を荒らさずに死んでいった日本兵。
どの時代にも日本人は自我を抑え、周囲を思いやり、調和を重んじてきました。和の心と呼ばれる心根です。この和の心は、縄文時代から続き、正倉院の宝物をも守ってきたのです。
煌びやかな装飾をほどこした鏡や箱、楽器、色ガラスの器や花瓶など、シルクロードを通って、ヨーロッパや中東、インドから伝わった、日本産の品とはあきらかに異なったエキゾチックな品々はとても美しく、人々の目を引きます。
他国の博物館に同じような宝物があってもほとんどが出土品。正倉院にある宝は、ずっと大切に保管されてきた伝世品です。そして五弦琵琶など、正倉院にしか現存しないものもあります。正倉院は、和の心がもたらした、世界の奇跡なのです。
池田 訓之
株式会社和想 代表取締役社長
(※本稿はあくまでも一例で、地域や宗派により内容は異なることがあります。)