ユーザーにとって高額な買い物であるクルマ。購入したいモデルのボディカラーは、自動車メーカーのウェブサイトをワンクリックして変更し、360度あらゆる角度から確認できるシステムが普及しています。このような「シミュレーターテック」は、ほかにも自動車業界でさまざまな形で活用されています。自動車業界におけるシミュレーターテックの最新事情を見ていきましょう。
これからのクルマの性能アップに大きく貢献…シミュレーターテック最新事情 ボルボのアルティメット・ドライビングシミュレーター。資料:ボルボ。

 ※本稿は、テック系メディアサイト『iX+(イクタス)』からの転載記事です。

私たちの生活に定着しつつある「シミュレーターテック」

現実を想定し、仮想的に見る・聴く・体感する装置を「シミュレーター」と呼びます。

 

シミュレーターにはさまざまなタイプがあり、日常生活のなかで実際に活用した人もいるでしょう。

 

たとえば、スマートフォンのアプリで、自分の画像をもとに髪型、洋服、アクセサリーなどを手軽に変えることで、ネットショッピングを促すシミュレーター。

 

また、大きな買い物の例では、家屋の建築やリノベーションについて、コンピュータグラフィックスを使った3次元映像によって、ユーザーに具体的なイメージを提供する不動産関連の事業者がいます。

「実車サイズ」のシミュレーターを導入したトヨタの意図

不動産同様、ユーザーにとって高額な買い物であるクルマの場合、購入したいモデルのボディカラーを、自動車メーカーのウェブサイトにおいてワンクリックで変更し、それを360度のあらゆる角度から確認できるシステムが普及しています。

 

さらに、実車サイズのシミュレーターもあり、トヨタが2023年10月の横浜と福岡での開業を手始めに名古屋、千葉と全国で展開しているクラウン専門店「THE CROWN」で導入済みです。

 

新型クラウンは、クロスオーバー、スポーツ、セダン、そして今年度中に発売予定のエステートを含めた4つの車系が登場したことが大きな話題となっています。

 

ただし、店舗スペースや在庫状況によっては、販売店で全車系の試乗車や展示車をすぐに用意することが難しい場合も考えられます。

 

そこで、THE CROWNではショールーム内に大型モニターを設置し、実車サイズの画像でボディ色やオプション設定のホイール等を変化させながら商談できる体制を構築したところです。

 

先日現地を取材したTHE CROWN千葉中央店のオープニングイベントでは、クラウンのチーフエンジニア・清水竜太郎氏が、クラウンブランドを進化させるために、シミュレーションとリアル体験を駆使した提供価値の必要性を強調していました。

 

THE CROWN千葉中央店でのオープニングイベントの様子。筆者撮影。
THE CROWN千葉中央店でのオープニングイベントの様子。筆者撮影。

シミュレーターでよりユーザー目線での「車開発」が可能に

クルマの外観だけではなく、実車を使ったバーチャルな走行体験ができるクルマのショールームもあります。

 

それが、ボルボ・カー・ジャパンが2023年4月に東京青山に開業した「ボルボスタジオ東京」です。

 

ここは新車の直接販売をしておらず、あくまでもユーザー体験を重視した場という設定です。公道での新車試乗のほか、展示されたEVに乗り込んでスクリーンに投影されるストックホルムの街中でのバーチャルドライブも可能です。

 

シミュレーション技術は、ボルボの新車開発でも導入されています。

 

その情報が最初に明らかになったのが2020年11月。まだコロナ禍の初期段階にあり、自動車産業界全体が次の時代に向けて暗中模索している時期でした。

 

そんなタイミングで、ボルボは仮想現実(VR)を本格的に使う新車開発の詳細をオンラインでライブ配信したのです。

 

その際、自動車業界関係者の多くが驚いたのは、ドライバーがVR用ゴーグルや、特殊なスーツを装着したままの状態で実車を走行してみせたこと。特殊なスーツはドライバーの体感をさまざまな指標でデータ化する役目を持ちます。

 

こうした一連のシステムを、ボルボは「アルティメット(究極の)ドライビングシミュレーター」と呼びます。

 

ボルボ独自のバーチャル領域に大きく踏み込んだ新車開発による知見が、ボルボスタジオ東京でのユーザー体験に結びついているのだと思います。

 

ボルボのアルティメット・ドライビングシミュレーター。資料:ボルボ。
ボルボのアルティメット・ドライビングシミュレーター。資料:ボルボ。

圧倒的なリアリティ…S&VLの最新ドライビングシミュレーター!

ボルボ以外にも、自動車メーカー各社は最新のドライビングシミュレーターを駆使して新車開発に向けた研究に余念がありません。

 

とくに欧米では、独立系テック企業がドライビングシミュレーターの世界で活躍の場を広げています。

 

そんなトレンドを日系自動車メーカー向けに提供する、ベンチャーのS&VLが7月、群馬県内に技術研究所を設立したのを機に、最新ドライビングシミュレーターの報道陣向け試乗会を行いました。

 

縦15m×横15m×高さ10mという広いスペースには、半円形のモニターに囲われたスペースが準備されています。そこで1分の1サイズの車体を搭載したドライビングシミュレーターを使い、バーチャルとリアルを取り入れた走行テストを行います。

 

車体は6つの作動軸で支えられており、まるで宙に浮いているようです。この状態で、ロール(左右の傾き)、ピッチ(前後の傾き)、ヨー(水平方向での左右の動き)というクルマの運動特性を制御します。

 

さらに、6つの作動軸を支える土台には、水平の3方向から作動軸がつながっており、横や縦に対する加速度変化(いわゆるG変化)を生み出す仕組みとなっています。

 

この加速度変化が、「本物のクルマの動きらしさ」を再現する大きな要因です。

 

群馬県内に新設された、S&VL技術研究所のドライビングシミュレーター。筆者撮影。
群馬県内に新設された、S&VL技術研究所のドライビングシミュレーター。筆者撮影。

 

実際に、シミュレーターを操作してみたところ、そのリアリティの高さに驚きました。タイヤはなく宙に浮いているような状態なのに、ステアリング操作をしているとタイヤが路面と接地しているように感じるのですから。

 

また車線変更を行うシーンで、あえてステアリングを大きくかつ早く操作してみたところ、かなり大きな加速度(G)が発生しました。

 

S&VLの関係者によれば、こうした本格的シミュレーターは欧米や中国で導入が進むなか、日本でも実車主義の開発姿勢が徐々に変わってきたと指摘します。

 

こうしたクルマの開発から販売での実用化に見られるように、人々の生活に関わるさまざまなシーンでリアルとバーチャル、2つの世界をつなぐシミュレーターの活躍の場が今後さらに増えてきそうです。

 

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<著者>

桃田 健史

 

自動車ジャーナリスト、元レーシングドライバー。専門は世界自動車産業。エネルギー、IT、高齢化問題等もカバー。日米を拠点に各国で取材活動を続ける。日本自動車ジャーナリスト協会会員。