休廃業・解散件数過去最多…求められるクリニックの「生存戦略」

医療機関(病院・診療所・歯科医院)を経営する事業者の休廃業・解散が急増しています。

帝国データバンクの「医療機関の『休廃業・解散』動向調査(2023年度)」によると、2023年度(23年4月~24年3月)は709件と、過去最多を更新しました。

実際、筆者の肌感覚としても、クリニックの廃業数は2020年以降、明らかに増加していると感じます。

この背景には、クリニック経営者の高齢化や後継者難に加え、新型コロナウイルス感染症の流行があるでしょう。未曽有の病は医療機関の経営に大きなインパクトを与え、「この苦難を乗り越えるために力を発揮しよう」というクリニックよりも、これを機に廃業を決断するクリニックのほうが多かったように思います。

加えて、今年度からの「令和6年度診療報酬改定」で、クリニックにはDX推進や職員の賃上げなどが求められることとなりました。

このように、昨今医療機関の経営環境はめまぐるしく変化しており、今後も事業継続を断念するクリニックが増加していくことが予想されます。

廃業ではなく、事業承継・M&Aを選ぶ医療機関も多いが…

こうしたなか、完全にクリニックを閉院する「廃業」ではなく、事業承継・M&Aを選ぶ医療機関も少なくありません。

クリニックの事業承継には、承継する相手や対象の医療機関の形態によっていくつかのパターンがあります。たとえば、承継する相手が「親子・親族」の場合と「第三者」の場合、対象形態が「個人診療所」か「医療法人」かによっても方法は異なります。

[図表]事業承継の形態 ※出所:グロースリンク税理士法人
[図表]事業承継の形態 ※出所:グロースリンク税理士法人

事業承継というと、かつては親子・親族間が一般的でしたが、近年は、M&Aによる第三者への事業承継も増えています。

一般的に、親子・親族関係の事業承継においては、税制面のトラブルは起きにくい傾向にあります。税トラブルが発生しやすいのは、近年増えている「M&Aによる第三者承継」の場合です。

税といってもさまざまですが、なかでも特に見落とされがちなのが「消費税」です。

医療機関において「消費税」が“忘れられがち”なワケ

そもそも、クリニックの多くは患者から消費税を受け取っていません。自由診療を除き、保険証を提示して診察を受ける一般的な「社会保険診療」は非課税であるためです。したがって、クリニック経営者は消費税に対する意識があまり高くないのが実情といえます。

しかし、M&Aで事業譲渡した際の「譲渡代金」には、消費税がかかります。特にクリニックの売却側がこのことを失念したまま契約を結び、あとでトラブルに発展するケースが少なくありません。

医療機関が消費税を納める必要があるのはどんなとき?

先述のとおり、社会保険診療が多い医療機関は、「免税事業者」であることが少なくありません。しかし、基準期間(2期前の事業年度)の課税売上高(自由診療収入など1年間の合計)が1,000万円を超える場合、または特定期間※の課税売上高および給与等それぞれの額が1000万円を超える場合には「課税事業者」となり、消費税の納税義務が発生します。

※個人事業者にあってはその年の前年1月1日から6月30日まで、法人にあっては原則その事業年度の前事業年度開始の日以後6月の期間

また、基準期間の課税売上高が5,000万円以下の場合には、次の2通りの計算方法を選択することができます。

1つは、「原則課税方式」です。患者から預かった消費税(自由診療収入などに含まれる消費税)から、支払った消費税(医薬品、消耗品などに含まれる消費税)を差し引いて計算します(以下、原則課税の計算では、説明を分かりやすくするために課税売上割合の考慮は省略して説明します)。

たとえば、1年間の自由診療収入が1,100万円(税込)だった場合、このうちの消費税100万円から、支払った消費税70万円を差し引いて、30万円を納税することとなります(課税売上割合考慮外)。

もう1つは、「簡易課税方式」です。患者から預かった消費税のうち、「みなし仕入れ率」をかけて計算する方法です。医業のみなし仕入れ率は、あらかじめ50%と定められています。

たとえば、1年間の自由診療収入が1,100万円(税込)だった場合、このうちの消費税100万円から、50%の50万円を控除した金額、すなわち50万円を納税することとなります。

もともと消費税を納めているクリニックは少ないですが、納税しているクリニックの多くがこの「簡易課税方式」を採用しています

クリニックの第三者承継で「税負担」を抑える方法

クリニックの第三者承継においては、契約成立後に消費税の問題が浮上し、「売り手と買い手のどちらが消費税を負担するか」でトラブルとなるケースが後を絶ちません。トラブルになってしまうと、最終的に売り手側が不利となり、全額負担することも多いです。

売り手側の対策…「契約書」にあらかじめ記載

では、どうすれば売り手側が理不尽に消費税を負担せずに済むのでしょうか。

このトラブルは、あらかじめ契約書に「譲渡代金にかかる消費税は、買い手側があとで清算してください」という条件を記しておくことで避けられます。

たとえば、クリニックの譲渡代金が1億円の場合、さまざまな要件を無視したうえで単純計算すると、消費税額は1,000万円(10%)です。

このとき、「原則課税方式」の場合、1億円で売却すると、納税額が1,000万円増えます。また「簡易課税方式」では、売却した対象物に応じたみなし仕入れ率を適用したあと、納税額が追加で増えます。計算方法が複雑なためここでは省きますが、この場合も最大で1,000万円の追加負担の可能性があります。

これは、売り手側のクリニックが個人診療所であっても医療法人であっても共通して起きることです。

したがって、M&Aによる事業承継を考えている売り手側のクリニック経営者は、契約内容を十分に精査する必要があるほか、自院が消費税の課税事業者なのかどうか、その場合消費税の計算方法が原則課税か簡易課税かをあらかじめ確認しておきましょう。

買い手側の対策…原則課税方式であれば税負担が“大幅減”の可能性

一方、事業承継において既存のクリニックから経営権を買収する「買い手側」の立場からも考えてみましょう。実は買い手側も、消費税の論点が抜けがちです。

ある医療法人が事業規模の拡大を目指し、クリニックを1億円で買収するとしましょう。この場合、代金は1億1,000万円(税込)になります。

原則課税方式が適用されている場合、1,000万円の消費税は、医療法人が患者から預かっている消費税から差し引くことができます。仮に預かり消費税が1,200万円だとすると、1,200万円-1,000万円で、実際に納める消費税は200万円となります(課税売上割合考慮外)。

一方、簡易課税方式の場合、患者から預かった消費税に対し、みなし仕入れ率50%をかけて計算します。したがって、1,200万円の預かり消費税から600万円を引いて、600万円を納税することとなります。

つまり、クリニックの事業承継で1億円を投資する場合、原則課税か簡易課税かによって、実際に支払う消費税の納税額に最大で400万円の差が生まれるのです。

仮に、原則課税で預かり消費税が1,000万円ならば、納税額はゼロになりますし、預かり消費税が800万円であれば最大で200万円の還付が受けられます。

すなわち、買い手側は原則課税方式を採用していれば、消費税の納税額を限りなく圧縮したり、場合によっては消費税を還付してもらったりすることが可能です

クリニックの買収を検討する際は、課税方式の「切り替え」が肝

しかし、先述したように、クリニックの多くは簡易課税方式をとっています。したがって、M&Aでクリニックの買収を考えている医療機関の経営者は、場合によっては事前に原則課税方式へ切り替えを検討する必要があります。

なお、課税方式の切り替えは、原則事業年度が始まる前に届け出なければなりません。戦略的な事前対策が必要になります。

ここまでみてきたように、クリニックの第三者承継においては、忘れられがちな「消費税」が税制面で大事なポイントになります。

クリニックの廃業が増えるなか、幸いにも事業承継ができたとしても、その後に税制面のトラブルに見舞われたり、思わぬ損失を被ったりする可能性があります。

売り手側・買い手側とも、承継を行う場合は消費税納税額にどのような影響があるのか、医療業界のM&Aに詳しい税理士をはじめ、専門家に相談されることをおすすめします。

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著者:野田 智成
グロースリンク税理士法人 医療コンサルティング事業部 ミドルマネージャー
税理⼠/医業経営コンサルタント
提供:©Medical LIVES(運営元:シャープファイナンス株式会社)