労働人口の減少に歯止めがかからぬ昨今、医療業界も例外なく深刻な「人手不足」にあえいでいます。人手不足は事業の存続を脅かす重要な問題ですが、解決の糸口はどこにあるのでしょうか。角村FP社労士事務所の特定社会保険労務士・角村俊一氏が、人材流出を防ぐポイントについて解説します。
“スタッフが辞めないクリニック”の共通点は?…人手不足の医療業界で「人材流出」を防ぐためのポイント【社労士が“人材定着化”のコツを解説】
少子高齢化で医療業界も例外なく「人手不足」に
団塊の世代がすべて後期高齢者となる2025年が目前に迫っています。これにより、今後高齢者の医療・介護需要はピークを迎えるでしょう。その一方で、少子高齢化により労働人口は減少の一途をたどっています。業種や職種を問わず、人手不足が常態化しているのが現状です。
医療業界においても、人手不足は深刻です。看護師等の就業状況(※1)をみると、就業者数は83.4万人(1990年)から173.4万人(2020年)へとここ30年で増加しているものの、2025年の需要数推計値は180.2万人と、2020年の就業者数では約7万人足りないということになります。
有効求人倍率からも、看護師等の不足は顕著にみてとれます。2022年度の看護師および准看護師の有効求人倍率は2.20倍と、職業計の1.19倍よりも高くなっており、看護師等は不足傾向にあることがわかります(※2)。
また、離職率の増加も懸念されています。正規雇用看護職員の離職率は11.6%と対前年比1.0ポイントの増加。このうち、新卒採用者は10.3%で2.0ポイントの増加、既卒採用者は16.8%で1.9ポイントの増加となっています(※3)。
2040年に向けてさらに労働人口は激減すると見込まれているため、事業の存続、発展に向けて新規採用に力を入れるとともに、採用した職員をいかに定着させ離職率を下げるのかが大きな課題です。
(※1)(※2)厚生労働省「第195回職業安定分科会」資料より。
(※3)公益社団法人日本看護協会「2022年病院看護実態調査」より。
職員の定職率を左右する「衛生要因」と「動機付け要因」
こうした深刻な人手不足は、働き手にとってはより良い労働条件や働きやすい職場環境を求めて転職しやすい状況になっているともいえます。
しかし、転職されたクリニックにとっては、職員が退職してすぐに補充できないと、一時的に他の職員の負担が過重になってしまいます。また、新たな職員を採用し育成するにはコストがかかります。
したがって、「転職先に選んでもらえる」かつ「いまいる職員が離職しない」職場環境を整えることが重要です。
そのためには、「衛生要因」と「動機づけ要因」について理解する必要があるでしょう。
▶「衛生要因」
「衛生要因」とは不満足要因とも呼ばれ、悪化すると仕事の不満度が高まる要素のことをいいます。たとえば、経営方針や同僚・上司との関係、給与、労働条件、福利厚生などがこれにあたります。
残業しても残業代が払われない、休憩が十分に取れない、年次有給休暇が取りにくい……こういった理由で離職を考える職員も多いため、衛生要因は少ないほうがよいでしょう。
しかし、こうした要因をすべて取り除いたとしても、それが職員のやる気を引き出すことに直結するわけではないという点には留意すべきです。
▶「動機づけ要因」
「動機づけ要因」とは、満たされると仕事の「満足感」やモチベーションアップにつながる要素のことをいいます。たとえば、達成感や承認、評価、昇進、責任、成長の機会、チャレンジできる環境などがこれにあたります。
職員の定着を図り離職率を下げるポイントは、衛生要因の不満を解消しながら動機づけ要因を満たすことです。「定期的に昇進のチャンスがあるが最低賃金レベルの給与」など、どちらか一方のみが満たされていても職員の定着にはいたりません。
なお、職員数が10人未満の小規模なクリニックでは就業規則を作成する義務がないことから、働くことに関するルールがあいまいになっていることが少なくありません。トラブル防止のためにも、早急に規則を整備しておくべきでしょう。
現場の声を聞き、理想の「ワークライフバランス」へ
昨今、「ワークライフバランス」という考え方が広く浸透しました。職員の定着を図るには、職員それぞれの事情に合わせた仕事と生活の両立支援が重要です。
一般に、クリニックは女性が多い職場のため、出産・育児に関わる制度の適切な整備と運用が求められます。妊娠を報告すると暗に退職を促される例などを昔は見聞きしたものですが、いまの時代にこうしたことを行っていれば、離職率は上がる一方です。
育児・介護休業法が求める育休制度を設け、職員に周知して産前産後休業や育児休業を気兼ねなく取得できる環境整備を進めましょう。あわせて、休業期間中は給与が支給されないので、出産手当金や育児休業給付金の説明などがあると安心です。
育休が明けても子育て中は短時間勤務や少ない勤務日数を望む職員も少なくありません。職員の都合に柔軟に対応できるような制度の構築と運用が望まれます。
また、医療現場でもDX化が進みつつありますから、電子カルテの導入やインターネットを利用した予約システムの構築など、ITを積極的に活用して効率化を図り、1人ひとりの業務量を減らす術を現場で働く職員とともに工夫して考えていきましょう。
キャリアプランの「可視化」も有効
人材定着には、キャリアプランの可視化も有効です。
人は期待され、結果を出し、評価されることで仕事のやりがいを感じます。そのためには、経営サイドが職員になにを期待するかを具体的に示し、その仕事ぶりや結果を適正に評価する必要があります。
まずは経営サイドが求める人材像を明確にし、その姿に到達するためのラダー(はしご)を作ることで、職員が段階を踏んで成長できるシステムを構築しましょう。これがあれば、職員は具体的なキャリアプランを考えたうえで、自身のキャリアアップに必要な能力や経験がわかるようになります。
また、定期的に個人面談を行い、本人の思いや考えも聞きつつ、客観的に評価したことや今後期待することなどを伝える機会を設けるといいでしょう。
評価を給与や昇進・昇格にどう結びつけるかは経営側の考え方しだいですが、職員の成長、人材育成を主な目的とした人事制度を構築することが望ましいです。その際、出産や育児がキャリアアップに不利にならないよう考慮すべきでしょう。
東京商工リサーチによると、2024年1~4月の「人手不足」関連倒産は累計90件と、前年同期(44件)に比べて2倍に急増しています。産業別にみると、医療や福祉事業を含む「サービス業他」が27件で最多です。
すぐには万全な対策がとれなくとも、職場環境の改善、職員の満足度向上を図る姿勢を示すことで、離職にいたる理由を減らすことができるはずです。
人手不足は事業の存続を脅かします。できることから着実に、職員が働きやすい環境整備を進めましょう。
MedicalLIVES(メディカルライブズ)のコラム一覧はこちら>>
著者:角村 俊一
【角村FP社労士事務所代表】CFP
提供:© Medical LIVES / シャープファイナンス