クリニックでも「退職代行サービス」を使った退職が増えている

近年「ある日、スタッフが出勤して来ず、退職代行サービスを名乗る者から本人が退職するという旨の連絡が来る」といった相談事例が増えてきています。

退職代行サービスの利用者は年々増加しており、マイナビが公表している「退職代行サービスに関する調査レポート(2024年)」では、20代の2割近くが退職代行サービスを利用して退職したというデータもあるようです。

大事にしていたはずのスタッフが、サービスを利用して間接的に退職の申し出をしてくるということは、院長にとっても少なからずショックでしょう。

またこうしたサービスを利用した退職は、退職の申し出以降スタッフが出社しないケースも多く、「スタッフと直接話はできないのか」「引き継ぎはどうするのか」「給与はいつの分まで払えばよいのか」「そもそも退職を防ぐ方法はないのか」と、職場がパニックになることも少なくありません。

では、実際に退職代行サービスを使われた場合、クリニック側としてはどのように対処すればよいのでしょうか。

退職の申し出は、「契約期間の有無」によってルールが異なる

対策を考えるにあたって、退職に関するルール(法律)を知っておきましょう。

まず、期間の定めがない「無期雇用契約」のスタッフの場合、いつでも退職を申し出ることができ、退職の申し出から2週間の経過によって退職の効力が生じます。この退職の申し出は、スタッフ本人に代わって第三者が行ったとしても、法的には問題ありません。

多くのクリニックでは、就業規則や雇用契約書において「退職には3ヵ月以上前に申し出なければならない」、「所定の退職願を提出しなければならない」といった規定を定めていますが、残念ながらこれらの規定によって、退職代行による退職申し出が無効となるわけではありません

他方、契約期間が定められているスタッフの場合には、少し話が違ってきます。

「有期雇用契約」のスタッフの場合、病気などの“やむを得ない事由”がなければ、雇用期間中は自由に退職することができません。

したがって、雇用契約が「無期」なのか「有期」なのかは、退職申し出の効力を判断するうえで重要なポイントとなります。

代行サービスを使った突然の退職、受け入れるべき?

無期雇用契約のスタッフが退職の申し出をした場合、法律上は退職の効力を争うことはできないため、感情的に争うことは得策とはいえません。二次的なトラブルを防ぐためにも、スタッフの退職自体は受け入れて、粛々と対応するべきです。

また、有期雇用契約のスタッフの場合、退職の効力を争うことも可能ではありますが、1度自ら退職を申し出たスタッフを職場に戻して有効なパフォーマンスを出せるか、という点も考えなければなりません。

総合的な経営判断としては、退職を受け入れたほうがいい場面が多いのではとも思われます。

民間業者は「交渉」できない…退職代行の“主体”に要注意

スタッフの退職の意思が明らかになった場合、健康保険証の返却や貸与物の返却、ロッカーの明渡し、残された職員に対して必要な引き継ぎなどを行う必要があります。また、「有給休暇」の消化や買い取りが要求されるケースも少なくありません。

こうした際、クリニックとしては「できれば本人と直接話したい」「交渉したい」と思うことも多いでしょう。このように、協議すべき事項がある場合には、退職代行の「形態」に注意する必要があります。

退職代行サービスは、その主体によって大きく3つの形態に分かれます。費用が安く、もっとも多く利用されているのが、民間の退職代行業者による退職代行です。インターネットの検索エンジンに「退職代行」と打ち込むと、数多くの民間業者がヒットします。

このほかにも、弁護士による退職代行と、ユニオン(労働組合)による退職代行があります。

弁護士は退職するスタッフの代理人として独自に交渉を行うことができますし、ユニオンにも団体交渉権があり、交渉が可能です。

ところが、退職代行業者は、本人の退職の意思を機械的に伝えるのみで、代理人として協議や交渉をすることはできませんなかには交渉まがいのことをしている業者もいるようですが、弁護士法72条違反になります)。

したがって、退職代行による退職の申し出があった場合、それが民間業者によるものなのか、弁護士なのか、ユニオンなのかを確認し、委任状や組合加入通知など、スタッフが正式に依頼をしたことを示す文書等を求める必要があります。

強引な交渉はトラブルのもと…専門家と協議のうえ、慎重に手続きを

退職代行サービスの流行により、さまざまな民間業者が参入し、退職を希望する労働者と退職代行業者とのあいだでトラブルが起きるケースも増えているようです。

退職にあたっての協議ができない場合や退職手続きがスムーズに進まない場合、クリニック側としてもスタッフに直接連絡をとる方法を検討せざるを得ないことがあります。

とはいえ、あくまでスタッフは、クリニック(事業主)と直接のやりとりを拒んでいる状況ですから、強引に直接コンタクトを取ろうとすることはリスクがあるといえます。そのため、こうした場合、弁護士や社会保険労務士と協議のうえ、慎重に手続きを進める必要があるでしょう。

こうしたサービスが流行した背景には、労働者が事業主側に退職を言い出しにくい職場環境があるといわれています。上司からハラスメント等を受けており、直接退職を申し出ることができず、退職代行を利用せざるを得なかったと主張されるケースも少なくありません。

ハラスメントの有無にかかわらず、退職代行を利用された時点で、スタッフとの信頼関係が十分に形成できていなかったことは否めないといえます。

クリニック側としても、職場環境の改善やスタッフとの関係構築等、見直すべき点がないか、改めて振り返ってみる必要があるでしょう。

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著者:渡邊 健司弁護士
愛知総合法律事務所
提供:© Medical LIVES / シャープファイナンス