昨年10月、顧客からの悪質なクレームや暴力行為等の増加を背景に、全国初となる「カスハラ防止条例」が東京都で可決・成立しました。クリニック経営者にとっても、カスハラ対策は他人事ではありません。経営にも悪影響を与える患者からの迷惑行為に頭を悩ませている方も多いのではないでしょうか。そこで、弁護士法人山村法律事務所の寺田健郎弁護士が、カスハラ防止条例の詳しい中身とクリニック側がとれるカスハラ対策について解説します。

2025年4月施行の「カスハラ防止条例」…どこから訴えられる?クリニックにおける“ハラスメント”の境界線【弁護士が解説】
24年10月、東京都で全国初となる「カスハラ防止条例」が制定
2024年10月、東京都で、全国初となる「カスタマー・ハラスメント防止条例」が可決・成立しました(以下「本条例」といいます)。本条例は、全国で初めてカスハラ対策として制定された条例であり、その内容について非常に大きな注目が集まっています。
本条例は、いよいよ今年4月より施行となりますが、ここ数年はカスハラが大きな社会問題となっていることもあり、今後他の自治体も、本条例にならった条例を制定するのではないかといわれています。
本条例は、顧客による著しい迷惑行為から企業・労働者を守るために成立した条例です。大きな特徴としては、下記の6点が挙げられます。
①「カスハラ」を定義づけした
②カスハラ防止の基本理念を定めた
③カスハラを一律禁止した
④カスハラ防止に関して、都・顧客等・就業者・事業者等の債務を定めた
⑤カスハラ防止指針の作成・公表をした
⑥罰則規定がない
今回、本条例の特徴をすべて掘り下げるということは行いませんが、特徴的である①、③、⑥を中心に、クリニックでの例を挙げながら解説していきます。
クリニックにおけるカスハラの“境界線”はどこ?
近年大きな社会問題になっているカスハラですが、セクハラやパワハラとは異なり、これまで法律上の定義はされていませんでした。本条例によって、法律としての定義ではないものの、それに近しい形としてカスハラの定義がされたことは、大きな成果といえます。
本条例においてカスハラは、「顧客等から就業者に対し、その業務に関して行われる著しい迷惑行為であって、就業環境を害するものをいう」(本条例2条5号)と定義されました。また、著しい迷惑行為については「暴行、脅迫その他の違法な行為又は正当な理由がない過度な要求、暴言その他の不当な行為をいう」(同4号)と定義されています。
クリニックにおける典型的なカスハラ例としては、下記のようなものが挙げられるでしょう。
・患者による、職員に対する暴言・脅迫めいた威圧的言動
・職員や備品に対しての有形力の行使、暴行
・治療費の不払いといった経済的圧力
・インターネット上でのネガティブな書き込み、迷惑電話等の業務妨害
もっとも、カスハラに該当するかどうかという“境界線”は、事例ごとにさまざまな考慮すべき点があり、一概に回答できないという難しさがあります。
カスハラに対しては毅然に対応する必要がある一方で、医師は患者に対して、求めがあった場合には正当な事由がない限りこれを拒んではならないという「応召義務」を負っています。したがって、患者の要求をすべてカスハラと決めつけてしまうと、応召義務違反としてクレームの対象になってしまいますので、注意が必要です。
例として、待合室で他の患者さんがいるにもかかわらず、大きな声で職員に対して対応を求めている患者がいるケースを考えてみましょう。その患者が職員に対して、自己中心的かつ一方的な主張を繰り返していたり、威迫的な言葉遣いだったりした場合であれば、問題なく「カスハラ」と認定できるでしょう。
他方で、患者が自身の希望する治療方針を職員にうまく伝えることができずに、待合室で少し興奮して大きな声を出してしまったに過ぎない場合は、非常に判断が難しくなります。この場合は、患者の求める治療方針の医学的相当性やこれまでの治療履歴、待合室の状況や声を聴いて体調を崩した他の患者の有無等、さまざまな事情を考慮する必要があります。
このように、カスハラに該当するかどうか明確な境界線を引くことは非常に難しく、専門的な判断が必要なケースが多いです。
そのため、明らかな過剰要求や度を越した暴言・脅迫であればともかく、そうでない場合の対応については、いったんその場で適切な対応をしたうえで持ち帰り、専門家に相談するといった対応が最適な方法といえます。
明確な罰則は規定なし…カスハラ被害に遭った際は、躊躇せず通報を
このように、判断が難しい「カスハラ」ですが、明白なカスハラにはクリニックとしても毅然とした対応を取ることが重要です。
本条例においても、「何人も、あらゆる場において、カスタマー・ハラスメントを行ってはならない」(4条)とカスハラの一律禁止を定めており、カスハラは違法であるということを明記したことは特筆すべき点といえます。
他方で、本条例ではカスハラをした顧客等に対する罰則が規定されておらず、本条例違反を根拠に罰則を科すことができない点には注意が必要です。
そこで、本条例によって罰則を科すことができない場合、カスハラを受けたクリニックはどのように対処することができるでしょうか。
まず、言葉によるカスハラの場合を考えてみます。
顧客が、度を越した暴言によって事業者・従業員の名誉を傷つけた場合には、名誉棄損罪や侮辱罪、脅迫がされた場合には脅迫罪のような刑事罰の対象となる可能性が考えられます。
また、暴力等が発生した場合には、暴行罪、傷害罪の対象になる可能性があります。
したがって、明らかにカスハラであるような言動や行動が行われた場合には、躊躇することなく警察に連絡し、毅然と対応することが重要です。さらに、カスハラによって事業者・従業員が損害を被った場合には、事業者・従業員から患者に対して、不法行為に基づく損害賠償請求をすることも考えられます。
ただし、損害賠償手続きは比較的ハードルが高いものであるといえます。あらかじめクリニック内に監視カメラを設置するなど、証拠が残りやすいよう事前対策を行うことも検討する必要があるでしょう。
経営者には「正しい知識」の取得が求められる
近年、大きな社会問題となっているカスハラ。本条例の制定・施行によって大きな1歩が踏み出されたといえる一方、具体的なカスハラ該当性や対策の蓄積にはまだまだ時間がかかりそうです。
クリニック経営者の皆様におかれては、正しい知識を取得するとともに、普段からの対策にも力を入れておくことをおすすめします。
MedicalLIVES(メディカルライブズ)のコラム一覧はこちら>>
著者:寺田 健郎
弁護士法人山村法律事務所/弁護士
提供:© Medical LIVES / シャープファイナンス