2024年からスタートした「医師の働き方改革」だが…

2020年、新型コロナウイルスの感染拡大を機に、在宅ワークをはじめさまざまな「働き方改革」が多くの業界で議論・導入され、今日までに普及してきました。医療業界においてもそれは例外ではなく、2024年4月から「医師の働き方改革」の新制度が実施されています。

しかし、実際に現場で働く医療従事者が楽になったかといえば、そうではありません。医療従事者は「患者の命を守ること」が最優先であり、その結果、医療現場は残業を前提とした業務量を余儀なくされ、一向に解消できていない状況です。

こうした状況から、医療従事者の離職率はいまだ改善の兆しがみえません。日本看護協会がまとめたデータ(※1)によると、2022年度における常勤看護師の離職率は11.8%、新卒看護師の離職率は10.2%、既卒看護師の離職率は16.6%と高止まりが続いています(※2)

(※1)公益社団法人日本看護協会「2023年病院看護実態調査 報告書」
(※2)公益社団法人日本看護協会広報部「2023年 病院看護実態調査」結果

“理想のクリニック”を実現するために重要な「雇用人数」

では、医療従事者の人材を定着させるためには、どのような対策が必要なのでしょうか?

患者と真摯に向き合い、最適な医療を提供していくためには、まず医療スタッフの心身が健康であることが必須です。そのため、クリニックでは「残業が当然」という旧態依然の働き方から脱却していく必要があります。また、そのことを院長やクリニック経営者が把握し、経営に生かしていく必要があります。

まず、スタッフの心身の健康を守りながら、来院する患者にも満足してもらえる診療を維持するため、「ゆとりをもった人員配置」が必要不可欠です。

たとえば、内科・小児科などは、患者数25人/日あたり最低1名の人員が必要です。当院では、来院患者が最低75人/日程度のため、スタッフを常に3〜4人を配置することで、万が一欠勤になるスタッフが出ても、他のスタッフが業務過多にならないよう工夫しています。

欠勤の理由は本人の事情に限らず、子どもの病気・家庭の事情などさまざまです。余裕をもって人員配置を行っておけば、「もし自分が休んだとしても現場は回る」という“心のゆとり”が該当スタッフのストレスを軽減させるだけでなく、スタッフ全員が「なにかあったときはお互い様」という気持ちで働くことができるでしょう。

“無用な残業”を生まない「3つ」の取り組み

また、当院では“無用な残業”を発生させないため、下記を徹底しています。

1.診療終了前の「受付終了時間」を明確にする

2.昼休みに業務をさせない

3.レセプト業務が「レセプト期間(月末~月初め)」内に終わらなければ、外注する

このように、可能な限りスタッフの業務負担を軽減できるよう努め、業務改善に常に取り組む姿勢をみせ続けることが重要です。

“復職しやすい環境”を整えて、離職を防ぐ

また、育児や介護など、やむを得ない事情で長期休暇を取得したスタッフが、復職しやすいような環境づくりも重要です。

スタッフが久しぶりに復帰するときには、周りのスタッフとうまくやっていけるか、業務内容の変化に対応できるかなど、不安・心配になることも多いでしょう。したがって、筆者は、長期休暇中であっても、定期的に情報交換や近況確認などを行い、接点を持つようにしています。

また、復帰にあたっては、いきなり従来の常勤での対応が困難な場合、期間は限定しますが短時間勤務も可能としています。過重な労働負荷をかけず、ゆとりある職場の雰囲気を維持することで、離職率を抑え働きやすい環境を保つことが可能です。

筆者のクリニックでは、具体的に下記のような取り組みを行いました。

週に3.5日勤務する非常勤スタッフA(社会保険加入)……子どもの中学受験が終わったタイミングで勤務日数を週4.5日に戻す

小さな子どもを持つスタッフB……子どもを保育園へに送り届けてから出社するため、あらかじめ出勤時間を遅れさせる

スタッフC……夫の単身赴任にともない、月曜日は休みとするなど

クリニックを運営する立場である院長がこうした柔軟な働き方に理解を示すことで、現場のスタッフは心地よく働くことができるほか、それが院全体のモチベーション維持・向上につながります。

長期休暇の前後でスタッフが変わってしまうだけでも、現場にとってはストレスになります。離職を防ぐことは、クリニック経営にとっても、そこで働くスタッフにとってもポジティブな効果を生むのです。

さらに、年末年始や夏季の連続休暇のほか、リフレッシュ休暇などを取り入れるなど、オンとオフのメリハリをしっかりつける勤務体系も離職防止に効果的でしょう。

このほか、当院ではスタッフのモチベーション維持のため、自己研鑽の場や外部研修の機会も積極的に取り入れています。

具体的には、学会や医療事務認定実務者試験の機会を提供することで、学会に参加・発表する、資格を取得できるなど、目に見える形でのモチベーション向上が期待できます。

また、こうした取り組みに積極的なスタッフの評価制度も設け、人事評価にもとづいてボーナス支給率を上げる・昇給レベルを上げることで、スタッフの努力を給与に反映させています。

お金だけでは解決しない…労働環境の“本質”とは

数としては多くないですが、給与などを上げる代わりに、スタッフに無理難題を強いる医療機関も存在します。

お金儲け(言い換えると診療報酬や自費・公費の収益をあげることへの執着)に走ると、短期的には経営が潤うかもしれません。しかし、疲弊したスタッフは、しだいに自分のモチベーション維持ができなくなっていきます。

そして、院長のビジョンに疑念を抱き、勤務量が報酬に見合わない、報われない……と不満が溜まっていきます。クリニック全体がこのような雰囲気になった結果、「スタッフが集団退職してしまった」という事例も、実際多数見聞きしました。

こうした悲劇を生まないためにも、職員ひとりひとりのバックグラウンドや考え方を尊重し、スタッフが働き方についてオープンに相談できるような環境づくりが重要です。

患者は、自分が通うクリニックの雰囲気を敏感に察知します。だからこそ、スタッフがイキイキと働くクリニックであれば、患者さんも「また来たい」と思い、クリニックの健全な経営にもつながるでしょう。

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著者:武井 智昭/高座渋谷つばさクリニック 院長
小児科医・内科医・アレルギー科医。2002年、慶応義塾大学医学部卒業。
多くの病院・クリニックで小児科医・内科としての経験を積み、現在は高座渋谷つばさクリニック院長を務める。

提供:© Medical LIVES / シャープファイナンス