コロナ禍において日本でも大きく規制緩和されたオンライン診療。普及率が上がらないことが課題となっています。中国では、僻地向けの医療支援、スマートフォンなどのデータをもとに日常的な健康管理をサポートする家庭医システムなど、新たな取り組みが広がってきました。また5G通信の実用例として、数千キロ離れた遠隔地から医療ロボットを通じた手術を行うなど、より遠隔でもより高度な医療が実施できるテクノロジーの開発が進んできています。「遠隔医療先進国」中国の取り組みを参考に、国際的なテック事情に詳しいジャーナリスト・高口康太氏が遠隔診療の現在地と未来を考えます。
日中に共通するオンライン診療の課題は?「先進国」中国の事例から知る現在地と未来

高精度のビデオ会議システムやオンライン手術…着実に進んでいる領域も

このように見てみると、日本でオンライン診療が広がらないのは日本固有の課題だけではないと言えそうです。大きな病気のリスクを見逃さないためには信頼できる診療方式が重要なのです。

 

病院がオンライン診療にすべて置き換わるのはまだまだ難しそうですが、デジタル技術を使うことで医療サービスの向上を見込める分野も見えてきています。

 

中国では第一に慢性疾患の管理が注目されています。糖尿病や腎臓疾患、高血圧などの病気は日々の食事療法や運動が重要です。血圧や脈拍、運動量、血糖値などを記録するデジタルデバイス、それにスマートフォン・アプリでの記録をあわせて、主治医とデータを共有する仕組みは、月に1回診察を受けるよりもはるかに高精度に健康状態を把握し、治療方針の策定に役立ちます。スマートウォッチや血糖値測定機などのデバイスを使った慢性疾患管理のオンラインヘルスケアサービスは大きく成長しています。

 

また、デジタル・ホームドクターも登場しました。定額制のオンライン健康相談で、ちょっとした不安をチャットで相談できます。毎回同じ医師が相談に乗ってくれるので、自分のことをよく知っている相手という安心感があります。

 

地方の医療リソース対策としては、5G通信を使った高精度のビデオ会議システムを使って、都市の大病院の専門医が地方の医師の診察や治療にアドバイスする仕組みの実装が加速しています。「DtoPwithD」(DoctortoPatientwithDoctor)と呼ばれる方式で、対面診察に遠隔からの専門医のサポートが加わるという、手厚い仕組みです。中国の課題を解決する手法として大々的な導入が進んでいます。

 

そしてオンライン手術。遠隔操作で手術ロボットを動かすことによって、地方にいながらにして都市の名医の手術が受けられる技術の開発が進んでいます。

 

中国国家博物館の特別展「偉大なる変革――改革開放40周年記念」に出店された5G遠隔手術ロボット。(2019年2月、筆者撮影)
中国国家博物館の特別展「偉大なる変革――改革開放40周年記念」に出店された5G遠隔手術ロボット。(2019年2月、筆者撮影)

日本でもオンライン手術の技術開発は着々と進んでいますし、離島や僻地の医療向上のための「DtoPwithD」の構築が進んでいます。

 

待ち時間解消という一番身近な課題でも、まもなく大きな改善がありそうです。それが電子処方せんの普及です。これによって解消するのは病院ではなく、薬局での待ち時間です。アプリやファックスでの処方せん受付、あるいは処方薬での郵送など、便利なサービスを行っている薬局は増えています。

 

ただ、ネックとなっているのが紙の処方せんを渡す必要があるということ。電子処方せんが普及すれば、薬剤師の指導はビデオ通話で、薬は郵送でという形で薬局に一度も行かなくても薬がもらえることも可能です。

 

電子処方せんは2023年初頭から導入が始まっており、2025年3月末までの普及が目標となっています。まだまだ対応していない病院が多いのが現状ですが、今後一気に変わるのではないでしょうか。地味ながら着実に進む、医療DXの未来が期待されます。


 

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<著者>

高口康太

ジャーナリスト、千葉大学客員准教授。2008年北京五輪直前の「沸騰中国経済」にあてられ、中国経済にのめりこみ、企業、社会、在日中国人社会を中心に取材、執筆を仕事に。クローズアップ現代」「日曜討論」などテレビ出演多数。主な著書に『幸福な監視国家・中国』(NHK出版、梶谷懐氏との共著)、『プロトタイプシティ深圳と世界的イノベーション』(KADOKAWA、高須正和氏との共編)で大平正芳記念賞特別賞を受賞。