コロナ禍において日本でも大きく規制緩和されたオンライン診療。普及率が上がらないことが課題となっています。中国では、僻地向けの医療支援、スマートフォンなどのデータをもとに日常的な健康管理をサポートする家庭医システムなど、新たな取り組みが広がってきました。また5G通信の実用例として、数千キロ離れた遠隔地から医療ロボットを通じた手術を行うなど、より遠隔でもより高度な医療が実施できるテクノロジーの開発が進んできています。「遠隔医療先進国」中国の取り組みを参考に、国際的なテック事情に詳しいジャーナリスト・高口康太氏が遠隔診療の現在地と未来を考えます。
日中に共通するオンライン診療の課題は?「先進国」中国の事例から知る現在地と未来

 ※本稿は、テック系メディアサイト『iX+(イクタス)』からの転載記事です。

コロナ禍を経ても日本でオンライン診療が普及しない理由

新型コロナウイルス感染症(以下、コロナと略記)の流行は、全世界でデジタル化の流れを加速させるものとなりました。多くの人々がリモートワークやリモート教育を体験しましたし、通信回線の確保や必要なデジタルツールの準備などの課題を認識しました。あるいは通勤がいかに負担になっていたかを自覚するチャンスになったという人も少なくありません。

 

そうした中で、多くの人が必要と痛感しつつも普及が進んでいないと感じるのがオンライン診療ではないでしょうか。コロナの被害は感染した人だけにとどまりません。医療リソースがコロナに割かれたことによって適切な治療を受けられなかった人、感染を恐れて病院にいけず健康が悪化した人など、さまざまな形で間接的な被害が生まれました。

 

ビデオ通話を通じて診察を受けられるオンライン診療が普及すれば、医療リソースの効率的な利用によって新たな感染病が流行しても病院の混雑を避けられる可能性が高まりますし、患者も感染のリスクを冒して外出しなくて済みます。また、普及のメリットは感染病流行時にとどまりません。リモートワークで通勤の苦しみから逃れられたように、通院の移動時間や待ち時間から解放されたいと願っている人は多いでしょう。

 

ところがコロナへの注目が薄れた今、オンライン診療普及という課題はすっかり忘れられてしまったかのようで、新聞やテレビでニュースを目にすることもなくなりました。これはいったいなぜなのでしょうか?

 

日本でオンライン診療が普及しない理由として、「オンライン診療の診療報酬が低いこと、設備投資がかかること、IT人材が不足していることから病院が消極的、日本の患者は保守的で新しい診療方法を好まない」などがあげられます。こう言われると納得しそうになりますが、本当に日本の特殊性がオンライン診療の普及を阻んでいるのでしょうか。

 

オンライン診療イメージ(※写真はイメージです/PIXTA)
オンライン診療イメージ(※写真はイメージです/PIXTA)

ポスト・コロナで米国・中国も失速

この分野の先進国である米国ではコロナ前の時点では約20%の医療機関がオンライン診療に対応していましたが、コロナを受けてその比率は60%を超えました。日本はコロナ後でも15%程度と言われるので雲泥の差です。

 

対応病院の数だけではなく、国民の過半数がオンライン診療を経験したことがあるなど、患者も実際に利用するようになりました。ところがコロナ収束後はオンライン診療のシェアは5%程度にまで落ち込んでいます。

 

オンライン診療サービス最大手の米テラドック・ヘルスの株価を見ると、オンライン診療への期待と幻滅がはっきりとわかります。コロナ前は約70ドルだった株価は一気に急上昇し、2021年初頭には290ドル台と4倍以上に跳ね上がりました。ところがピークをつけた後はずるずると下がっていき、現在は約7ドルにまで下がってしまいました。

 

コロナ禍で病院に行くのが危ない、病院がパンクしているという状況ならばオンライン診療を使うが、そうでなければ対面の病院を使うというのが大半の米国人の態度なのです。

 

「デジタル先進国」として注目を集める中国はどうでしょうか? 中国では2018年の法改正でオンライン診療が解禁されました。デジタル・ヘルスケアは成長分野と目され、アリババグループやテンセント、JDドットコムなどの大手IT企業が参入したほか、新興ベンチャーも参入するなどホットな分野となりました。

 

EC大国の中国では自動車や不動産までネットショッピングで買えないものはないとまで言われますが、処方薬も簡単にネットで買えるようになりました。インターネット病院が解禁されたこともあり、「頭が痛い、喉が腫れている」などとチャットで回答するだけで、電子処方せんの発行、ネット薬局での処方薬購入と配送がワンストップでできます。

 

「秒開処方せん」(秒速で電子処方せん発行)という、強烈なネーミングのサービスです。数分の診察のためにわざわざ病院まで行って、順番を待って、その後薬局でまた待たされて……と苦行と比べると、なんとも便利だと感動します。

 

ただ、これは法的にはグレーゾーンにあります。中国のオンライン診療の法律では「一般的な疾病と慢性病に関する再診」のみが対象となりますが、以前に同じ解熱剤を飲んだことがあることから再診扱いとみなすという強引な解釈によってサービスを行っていることが多いのです。法律だけ見ると、オンライン診療での初診が解禁された日本よりも中国のほうが厳しく規制されているのに、現実では中国のほうがより踏み込んだことをやっているという逆転現象が起きています。

 

「日本人は合法を認められないとやらない。欧米人は違法だと言われないかぎりやる。中国人は違法と言われても抜け道を探す」というジョークがありますが、まさにその言葉通りの展開となっているわけです。また、人間の医師が判断せずにAIで適当な処方せんを書いているだけとの疑惑も絶えません。ただ、患者の不信感もあり、オンライン診療は主流とはなっていません。

 

また、中国発のユニークなサービスとして注目されたのが、医師の健康相談です。正規の診察はハードルが高いですが、医師に相談して「その症状ならばちゃんと大きな病院で検査したほうがいい」「数日様子を見てはどうですか」といったアドバイスをもらえるというものです。

 

中国のサービスがユニークだったのは、医師のギグエコノミーという点です。ギグエコノミーとは、フードデリバリーの配送員やライドシェア・ドライバーが典型的とされる働き方で、仕事と労働者をプラットフォーム企業が1回ごとにマッチングすることを指します。ビデオ通話やテキストメッセージなどの形式で医師に相談できるというわけです。サービスに登録した医師は隙間時間を使って、健康相談の副業を行います。

 

どの医師に相談するかはリストに掲載されている医師を口コミ評価や金額、所属病院などの情報から選択します。口コミ評価がどれぐらい信頼できるかの指標になるのは、ライドシェアやネットショップの仕組みそのもので、それがお医者さん選びにも摘要されているのは新鮮でした。日本では、エムスリーが2005年に医師のアドバイスをもらえる「AskDoctors」というサービスを立ち上げていますが、回答する医師を指名できないという点が大きな違いです。中国の健康相談は口コミや医師の所属病院や専門から誰に相談するかを選べる(人気医師は報酬も高額ですが)という点が異なります。

 

日本でも類似のサービス「LINEヘルスケア」が2019年にリリースされましたが、利用者は増えませんでした(2023年1月に終了)。

 

実はこうしたオンライン健康相談が流行した背景には中国特有の事情があります。中小病院や診療所の質が悪く、病気になると誰もが大病院に行きます。しかもそうした大病院は地方にはないため、飛行機や高速鉄道に乗って遠征しなければならない人も多数いるのです。

 

日本とは違い身近な病院、診療所の信用が低いため、大病院の有名医師にアドバイスを求めるニーズがあったというわけです。

 

ただ、アドバイスを求める人の多くは重病の可能性が気になっている人が大半。いかにプロの医師が相談に乗ってくれるとはいえ、検査もなく、ビデオ通話やチャットだけでは信頼できる回答は難しい。利用者からの不満も多く、中国でもオンライン健康相談は大きく成長してはいません。

 

医療プラットフォーム企業「WeDoctor」のオンライン健康アプリ画面。(著者撮影)
医療プラットフォーム企業「WeDoctor」のオンライン健康アプリ画面。(著者撮影)