正月気分はまったくなかった…娘・息子もお正月返上で働き詰め

家は妻、大学2年生の娘、高校1年生の息子という4人家族だが、この年末年始は家族全員が働いていた。

「妻はもう5年ホームセンターでパートをやっていまして。今はデパートもスーパーも元旦から普通に営業していますからね。妻も29日から2日まで5日間のローテーションを組まれていたので普通に出勤していました」

奥さんの勤務時間は14時から18時までの4時間。やはり大晦日も元旦もなかった。

「大学2年生の娘はファミレスでウェイトレスのアルバイト。高校1年生の息子も郵便局で年賀状仕分けのアルバイト。よく働く家族でしょ」

大晦日は夜更しして元日はちょっと朝寝坊。お雑煮やおせち料理をつまみながらビールといきたいところだが、そんな正月気分はまったくなかった。

元日の朝食は出勤途中のコンビニで買った菓子パン2個とペットボトルの緑茶。これを地下鉄のホームで電車待ちの間に掻き込んだだけ。昼は賄いの焼き魚定食。何とも味気なかった。

「2日は娘が夕方から閉店までの勤務。息子はアルバイト終わりに学校の仲間たちと映画を観に行ったので妻と2人の夕飯だったけど、食卓に乗ったのは西友で買ってきたアジフライとポテトサラダ、インスタントの味噌汁だけ。まったく正月らしさはなかった」

一家4人が顔を揃えて食卓を囲めたのは3日の夜になってから。

「妻がスーパーで値引き処分になったおせちパックを買ってきたので、それをつまみながら缶ビールを1本。正月らしいことはこれだけだった」

特に会話が弾むということもなく、面白くもないバラエティー番組を観ながらの味気ないものだった。

「わたしの方は両親共に鬼籍に入っているのですが、妻の方はお2人とも健在で横浜で暮らしています。正月ぐらいは全員でご挨拶に出向くのが筋ですが今年は伺えませんでしたね」

山崎さん宛に来る年賀状も激減した。前の会社にいたときは職場の上司や部下たちから20枚ほどの年賀状が届いていたが、辞めた今はまったく交流が途絶えた。

「辞めた直後の正月は、かつての上司や部下が『新しい道で活躍することを願っています』という言葉を添えた年賀状を送ってくれたけど、次の年には1枚も届かなかった。会社での人間関係なんてこんなものですよ」

今年、親戚以外で年賀状をくれたのはメガネ屋さん、自転車販売店、保険のおばちゃん、お寺の住職さんだけ。

7、8年前までのお正月は奮発して家族全員で沖縄旅行したり、デパートに福袋を買いに行ったり、会社の仲間たちと明治神宮へ初詣に行ったりして賑やかなものだったが、今年は日当1万5,000円目当てで働き詰め。我ながら嫌になる。

「3日夜のニュースで空港の帰国ラッシュや新幹線のUターンラッシュを取り上げていたけど、我が家にはまったく無関係なこと。冗談で次の正月はハワイへ行くかと言っても家族には無視された。悲しいね、ホント」

電気、ガス、水道などのインフラ関係に従事している人、運輸関係の人、警察や消防の人、医師や看護師、元日の朝に新聞を配達してくれた人、郵便屋さん……。年末年始に働いている人は沢山いる。

「こんな風に思ったら仕事の疲れも少しは和らぎました。贅沢は言えないもの」

4日からは配置現場で通常業務に戻ったが、保険会社の若手君から「ゆっくり休めましたか?」と声を掛けられたときは適当に受け流しておいた。

「別の現場に行って早朝から働いていましたなんて言いたくないですから」

しがないおじさんだって見栄もあればプライドもある。だけど、今年もあまりいいことはなさそうだ。

増田 明利
ルポライター