ありとあらゆる悪徳業者の詐欺に引っかかってきた義両親。ついに「不用品高価買取!」を謳った業者に82歳の義母が差し出したのは? 仕事と家事を抱えながら、義父母のケアに奔走する日々が始まった翻訳家・エッセイストとして知られる村井理子さんのエッセイ『義父母の介護』(新潮社)より、義父母の介護に奔走する奮闘記をお届けします。
生ごみで撃退⁉
先日、夫の実家に立ち寄った際に義父から聞いた話は、とても恐ろしいものだった。その日、義母はデイサービスに行っていて実家におらず、義父はその隙を狙うようにして私にこっそりと打ち明けてくれたのだ。私はワクワクした。どっきどきだった。楽しんではダメだと思いながらも、次は何があったのかと好奇心を抑えることができなかった。
「実はな……わしが知らないあいだに、母さんが不用品の買い取り業者に買い取りを頼んでしまったようなんや。ほら、よく電話がかかってくるやろ、『どんなものでも買い取ります』とか言ってくる業者。あれや……」
私は、義父の目をしっかりと見ながらウムと頷き、iPhoneのボイスメモの録音スイッチを押した。
「それで、先週のことや。わしは昼寝してたんや。そしたら、なんだか長い間、誰かと母さんが揉めているような声が遠くから聞こえてくる。わしも半分眠ったような状態でな……夢なんか、現実なんか、ようわからんような感じやったんや」
「ほう……」
「そしたらな、男の声で、『いくらうちが買い取り業者だからって、これはアカン!』って、大きな声が聞こえてきたんや。だから、わしは飛び起きた。飛び起きたんやけど、なかなか体が動かない。だから、必死になって、這うようにして玄関に行ったんや。母さんがたぶん、何かやってしもたんやろと思ってなあ」
九十歳の義父、這うようにして玄関に急ぐ、の図である。気の毒過ぎる。
「玄関に行ったら、生ごみの入った袋が置いてあって、業者の男が『信じられへん』みたいな顔して立ってたわ。よくよく話を聞いたら、その男が不用品回収業者で、母さんが回収を頼んだことがわかったんや。だから、わしが真ん中に入って、業者の男には『勘弁したってくれ、本人は何もわかってないんや』って説明してな……それでようやく帰ってもらったんや……恐ろしかったわ……」
義母は義父の知らない間に、不用品買い取り詐欺業者からの営業電話に応じて、買い取りの依頼をし、業者が買い取りに来た当日、生ごみを差し出して逆ギレされた。それが、義父が語ったストーリーだった。
一瞬、爆笑しそうになったのだが、よくよく考えると、非常に危険だったと思う。義父がいなかったら(そのようなシチュエーションは、発生しないようにはしているが)どうなっていたのだろう? 義母が最後まで対応しきれたとは到底思えない。
私は義父に、「お義母さんが電話に出ないようには、できないものですかねえ」と言った。すると義父は、「わしもそう思うんだが、最近は妄想もひどくてな。電話が鳴ると、わしの愛人からの電話だと思って、急いで取ってしまうんや……」
「ヒィッ! 何重にもややこしいッ!」
「いろいろと難しくてなあ……アッ、せっかく来てもらってこんなこと言うのは申し訳ないんだが、そろそろ帰ってくれるか? もう少ししたら母さんがデイから戻ってくる時間や。わしとあんたがここで話しているところなんて見られたら、後からどうなるかわからへん……最近はわしとあんたのことまで疑っているんや……」ということだった。
詐欺、嫁との浮気、愛人からの電話連絡。村井家の大変な日々は、まだまだ続くのであった。
村井理子
翻訳家/エッセイスト