iX+(イクタス)』からの転載記事です。
※本稿は、テック系メディアサイト『サステナブルな循環型社会を実現する「バリューチェーンの再構築」
2024年5月22~24日、パシフィコ横浜では自動車技術会主催「人とクルマのテクノロジー展」が開催され、「技術の進化」と「新しい価値基準」によるサステナブルな循環型社会の実現を目標に、各企業が最先端の技術をPRしました。これらもまた、自動車産業界で話題となる「バリューチェーンの再構築」とも重なるものです。
このテーマの全体像を掴むうえで、自動車産業構造の全体図について見ていきましょう。
自動車メーカーが新車を製造するには、まず自動車部品メーカー各社に部品の企画製造を依頼します。自動車部品メーカーは、部品の材料を仕入れて、二次下請けや三次下請けなど中小の事業者に部品加工を託します。
こうした「材料→部品製造→新車」の最終組立という一連の流れを、「サプライチェーン」と呼びます。新車を供給する側という意味です。図表にすると、自動車メーカーをトップに各階層で部品メーカーの下請け構造がある大きなピラミッドとして描くことができます。
こうした自動車メーカーの最終組立工場で完成した新車は、自動車メーカーが注文を受けた新車販売店へと搬送されます。
新車販売店は、自動車メーカーから仕入れた新車を顧客に小売します。購入した顧客は車検や修理などで新車販売店と直接契約したり、または顧客が独自に大手自動車部品量販店、自動車修理工場、またはガソリンスタンドで車検や修理を依頼したりすることも珍しくありません。
その後、中古車として転売されたクルマは国内で廃棄処分されるか、または海外に輸出されるなど、さまざまな経路を辿ります。
このように、自動車産業界は、自動車メーカーが新車製造と卸売販売をするサプライチェーン側と、新車販売店とそれ以降の事業領域であるバリューチェーンに大きく2分されています。
これを、製販分離(せいはんぶんり)と呼びます。
顧客の立場から見れば、新車を購入した「販売店=自動車メーカー」というイメージを持つかもしれませんが、実際には新車販売店の多くは自動車メーカーとは直接資本関係のない地場産業である場合が少なくありません。また、一部のブランドでは、自動車メーカーが資本参加する新車販売店が存在しますが、それでも製販分離という基本構造は変わりありません。
つまり、顧客がイメージしている以上に、自動車メーカーと顧客との関係性は「遠い」とか「希薄」だと表現することができるでしょう。
トレーサビリティの必要性
そうした旧態依然とした製販分離に対して近年、技術面と法律面で変革に向けた動きが加速し始めています。
最初のきっかけは、2010年代に本格化した「コネクテッドカー」という技術進化です。
車載通信機を介して車載データをクラウド上に転送することで、車両の走行状況を自動車メーカーが把握できるようになりました。これにより、故障が発生する可能性を事前に察知し、新車販売店を通じて修理に関する来店を顧客に打診することが可能です。
その逆の発想として、自動車メーカーがクラウドを介して車載データをアップデートすることも可能です。これを、オンザエアー(OTA)と呼びます。
次に法律面では、2020年代に入り欧州連合で電動車の「バッテリーパスポート」と呼ばれる、法律が制定されました。
これは、バッテリーの製造、新車への搭載、新車販売店での販売後の使用状況、そしてバッテリーの廃棄に至るまでの「バッテリーの一生」をデータとして継続的に記録し続けることを法的に義務付けるものです。バッテリー材料の発掘で過酷な労働がないかという、人権に関する観点での配慮も含まれる厳しい内容です。
こうした、技術面と法律面で、自動車メーカーが製販分離の枠組みを超えた「クルマの一生」についてのトレーサビリティを把握する必要性が高まっているのです。
エネルギーマネージメントが及ぼす影響
さらに、2030年代以降には電気自動車(EV)の普及が高まることが予想される中で、バリューチェーンにおけるエネルギーマネージメントの重要性が高まることが確実視されています。
ここでいうエネルギーマネージメントとは、社会全体におけるEVの位置付けを指します。社会全体が上手く回るために、必要十分な電力などのエネルギーの確保と、そのエネルギーを効率的に、移動を含む生活全般に振り分ける仕組みのことです。
理想的なエネルギーマネージメントを実現するためには、自動車産業界における製販分離を抜本的に変革する必要があるかもしれません。
そのためには、自動車メーカーは社会におけるEV需要からバックキャストした、適量の新車を製造するという、現在の大量販売・大量消費型ビジネスモデルから脱却する必要にも迫られることになるでしょう。
ここで注目されているのが、ソフトウェア・デファインデッド・ビークル(SDV)です。まだ明確な定義はありませんが、人工知能(AI)を活用したり、車載通信システムを抜本的に見直したりすることで、ソフトウェアによる自動車全体の性能に対する直接的な影響力が、これまでのコネクテッドカーやOTAに比べて格段に進化した車です。
だた、車載コンピュータシステムが統合されるなど昨今の自動車技術の発達に伴い、ハードウェアとしてのクルマの制御のみならず、SDVはバリューチェーンにおけるエネルギーマネージメントでも大きな影響を与えることになるでしょう。
2020年代後半に向けて、SDVを活用したクルマの進化が加速しそうです。
-----------------------------------------------------
<著者>
桃田 健史
自動車ジャーナリスト、元レーシングドライバー。専門は世界自動車産業。エネルギー、IT、高齢化問題等もカバー。日米を拠点に各国で取材活動を続ける。日本自動車ジャーナリスト協会会員。