損害賠償を請求できるかどうかの分かれ目とは【弁護士の解説】

本件は、東京地方裁判所29年9月15日判決の事例をモチーフにしたものです。

本件の事例と異なり、たとえば、賃借物件内で賃借人の自殺が発生した場合には、将来の賃料の低下等に伴う損害として

・当初1年間は賃貸不能期間として賃料全額

・その後の2年間については賃料半額程度

の請求を認めた都心のワンルームマンションの事例(東京地裁平成27年9月28日判決)などがあります。

したがいまして、賃借人の自殺のケースでは、このような損害賠償基準が実務上も確立していると考えられています。

他方で、本件のように、賃借人が賃借物件内で自然死し、長期間誰にも気づかれずに放置されて腐敗していた、という場合について、賃借人の相続人に対して将来の賃料の低下等に伴う損害をどこまで請求できるかという点については、裁判実務上、確立した賠償基準が存在するとまではいえず、本件はこの点について判断した事例となります。

借主の「死因」と「持病の有無」が判断を分けた

この問題については、賃借人の死亡およびその発見が遅れるような事情が生じてしまったことについて、主に生前の賃借人に善管注意義務違反があったか否かということが法律上問題になります。

この点について、裁判所はこの事案においては、以下のように述べて、その請求を否定しました。

・賃借人の死因は不明であり、賃借人が本件建物内で自殺したとは認められない。また、本件全証拠によっても、賃借人が生前持病を抱えていたなどの事情はうかがわれないから、賃借人が、当時、自分が病気で死亡することを認識していたとは考えられず、また、そのことを予見することができたとも認められない。

 

・以上によれば、賃借人に善管注意義務違反があったとは認められず、同違反を前提とする損害賠償請求には理由がない。

 

・したがって、賃借人の相続人も損害賠償義務を追わない

以上の裁判所の考え方によれば、賃借人が賃借物件内で自然死し、長期間誰にも気づかれずに放置されて腐敗していた、という場合において、賃借人の善管注意義務違反が認められる場合というのは

・賃借人が生死に関わる持病を抱えていたこと

・賃借人が上記持病によって突然死もしくは居室内で死に至ることが十分に予見できるような状況であったこと

という事情が存在する場合ということになると考えられます。

したがって、賃借人の自殺の場合と異なり、賃借人の自然死(および発見の遅れ)の場合に、相続人に対して将来の減収分を請求できる場合はかなり限られると考えられます。