※本稿は、テック系メディアサイト『iX+(イクタス)』からの転載記事です。
世界各地で注目を浴びる「フォーミュラE」
フォーミュラEは、フォーミュラ1(F1)のような単座式レーシングマシンで、「E」とは「電動化(EV)」を意味します。
2013年からシリーズ戦が組まれ、国際自動車連盟(FIA)が2020年のシーズン7から、F1、WRC(ラリー)、WEC(耐久レース)と同じ世界選手権として認定した、モータースポーツとしては歴史が浅い競技です。
自動車産業界では2010年代半ばから、世界の国や地域で電気自動車(EV)に代表される電動化の普及で、地球環境に対応した二酸化炭素(CO2)削減の動きが高まっていますが、そうしたトレンドの波に乗るかのように、フォーミュラEは近年、世界各地で注目を浴びるようになりました。
日本では、菅政権が「2050年のカーボンニュートラル」を目指すグリーン成長戦略を打ち出し、それを継承した岸田政権ではグリーントランスフォーメーション(GX)に関するさまざまな政策を打ち出しているところです。
今回、フォーミュラE 決勝前には、来場者に配布されたスケジュールには記載のなかった岸田文雄首相がサプライズで登場し、フォーミュラEがEVとして「環境にやさしい」という点を強調しました。
また、オープニングセレモニーには、主催地を代表して小池百合子東京都知事も参加。東京都は「ゼロエミッション東京」という独自政策によって、EV、燃料電池車などのZEV(ゼロエミッションビークル)の普及拡大に向けて、新車購入や充電インフラに係る補助金制度を拡充しており、フォーミュラEはそうした都の政策を後押しする大規模プロモーションという位置付けがあります。
その他、レース開催に合わせて、コースに隣接する大型イベント施設・東京ビッグサイトでは、入場無料の「E-東京フェスティバル2024」を実施し、広い世代に向けて未来の社会におけるZEVの重要性をアピール。
主催者の発表によれば、フォーミュラEレースと同フェスティバルの来場者は合計約2万人となりました。
フォーミュラEの特徴…「排気音なし」「オイルの匂いなし」あとは…
フォーミュラEには、従来のモータースポーツとさまざまな違いがありますが、最大の違いは「静か」という点ではないでしょうか。
F1などでは、エンジンからの排気音がレース場全体に響き渡り、観客はレーシングマシンの動きに魅了されます。それが、フォーミュラEでは多少の風切り音や、コーナーでブレーキングする際にタイヤや路面とこすれる音などしかなく、決勝中でも走行するレーシングマシンの姿が見えない場所では「あれ? いま決勝やっているのか?」と思ってしまうほど静かなレースです。
また、エンジンオイルが焼ける臭いもありませんので、ほぼ無音であることを合わせて、レース会場全体にクリーンな印象を受けます。
もうひとつ、フォーミュラEの特徴は独特のルールがあることです。
例えば、予選は1周のタイムが上位のドライバーが、準々決勝、準決勝、そして決勝と1対1の勝ち抜き戦の形式になっています。
また、決勝レースでは「アタックモード」という考え方を導入。通常は最高出力300kWですが、コース上の「アクティベーションゾーン」を通過すると、一定の時間だけ最高出力が350kWとなるため一気に追い上げることが可能です。ただし、アクティベーションゾーンを走行する際、コーナーを大回りする必要があるため、その際に順位を落とすこともあります。
決勝レース中はタイヤ交換や充電などでのピットインが義務でないため、アタックモードを使うタイミングが勝敗に大きな影響を与えるのです。
こうしたゲーム性が強いレース規定を可能にしているのは、チームや主催者が走行中のマシンの技術的な状態を通信システムによってリアルタイムで把握できているからだと言えます。
F1など、ほかの世界レベルのレースでもこうした技術は導入されているものの、それをレースのエンターテイメント性を高めるために活用している点が、フォーミュラEの独創的な発想だといえるでしょう。
マシンでの新しいテック
次に、レーシングマシンとしてのフォーミュラEについて詳しく見てみましょう。
2022-2023年のシリーズ9から、第3世代のマシン「GEN3」を導入。それまでのGEN1、GEN2と比べるとマシン全体のサイズが少し小さくなり、また戦闘機のような前方に対して尖ったようなデザインへ刷新されました。
これは、ほとんどレースを東京のような市街地での仮設コースで行うため、コース幅が狭く、低速コーナーが多くても旋回性が高く、さらに空気抵抗を減らして最高速度を挙げるための工夫です。
基本的に参加チームは、同じ車体を使用するルールで、チームが独自に開発できるのはモーターとその制御システム、さらにそれらを搭載するリアサスペンションだけ。電気容量41kWhの電池パックも共通で主催者が管理する仕組みです。
充電方式も欧州規格CCS-2で、出力は160kW。これを1チーム2台のレーシングマシンそれぞれに出力80kWで充電。また、走行中は前輪にある回生専用モーターが発電して、電池パックに充電します。
こうしたイコールコンディションの度合いが強いルールのため、各車のタイムは均衡し、決勝レースでも終始混戦で、今回も最後まで誰が勝つのかわからない、手に汗握るレース展開となりました。
その他、ソフトウェアの開発でもフォーミュラEの独自性があります。公道レースでは道路を封鎖できる時間に限りがあるため、事前に走行テストをすることができません。
さらに、予選前のプラクティスも短く、チームとドライバーはマシンを仕上げるのが大変です。そのため、各チームでは主催者が事前に開示したコース図や路面状況などのデータを基に、仮想コースをデジタルツイン※で作成することで短時間のマシンセットアップが可能になっているといいます。
※ インターネットに接続した機器などを活用して現実空間の情報を取得し、サイバー空間内に現実空間の環境を再現すること。
さらなる環境への配慮に期待
このようにさまざまな新技術を導入して世界的に注目されているフォーミュラEですが、レース全体を俯瞰すると、環境に対してさらなる配慮が必要だとも感じます。
供給する電力について、可能ならば再生可能エネルギーに限定することが望ましいでしょう。
また、車体やモーターなどの部材調達から廃棄までを一貫した、ライフ・サイクル・アセスメント(LCAの観点からCO2排出量を算出してデータを公表すること)ができれば、フォーミュラEの持続可能な成長が期待できると思います。
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桃田 健史
自動車ジャーナリスト、元レーシングドライバー。専門は世界自動車産業。エネルギー、IT、高齢化問題等もカバー。日米を拠点に各国で取材活動を続ける。日本自動車ジャーナリスト協会会員。