悲劇の原因は、「在職老齢年金」と「繰下げ受給制度」への理解不足

二ノ宮さんはこの説明を受け、年金の増額を目指して繰下げたにもかかわらず、実際には受け取る額が大幅に減少してしまうことに、大きな失望と不安を感じました。彼は丁寧に対応してくれた担当者に感謝と、怒りをぶつけたことを詫びつつ、年金事務所を後にしました。

自宅に帰り、二ノ宮さんは妻に今日の出来事を話しました。妻は青ざめ、心配そうに、これからどうするのか尋ねます。二ノ宮さんは「もう一度FPに相談し、何か対策がないか聞いてみる」と伝えます。

そして、二ノ宮さんは再び、FPがいる事務所に向かうのでした。

意外と知られていない、繰下げ受給の「盲点」

二ノ宮さんの話を受けたFPは、

「やはりそうでしたか。今回のケースは、意外と知られていない繰下げ受給の盲点です。同業のFPでも、認識していないことも多いですね」

と話し、「繰下げ期間中は加給年金を受け取れない」ことや「繰下げ受給ができると勘違いし、特別支給の老齢厚生年金を受け取らなかったケース」など、年金制度の複雑さについても語ってくれました。

FPは、二ノ宮さんにこれらを伝えたうえで、今後についての助言をします。

「このまま70歳まで繰り下げると、繰り下げている老齢厚生年金の一部が増額の対象外にはなりますが、現在のように多くの報酬があるほうが、将来的には有利です。そのため、今後も働く意欲があるのであれば、労働を継続してみてはいかがでしょうか」

さらに、「現在の二ノ宮さんの貯蓄額は500万円と少なめですので、現在の生活水準を維持すると将来的に老後破産のリスクが生じる可能性があります。生活スタイルを見直し、収入が多くある間にきちんと貯蓄していきましょう」とアドバイスしました。

二ノ宮さんは、今の仕事自体にはやりがいを感じていたため、体調と相談しながらではあるものの、今後も仕事を続けることを決意しました。

しかし、その際に予定していた年金受給額よりも3万円近く減額となってしまうため、その分を補充する計画を立てる必要があります。二ノ宮さんは、次回、夫婦でFPと面会し、家計の見直しなどについて相談する予定です。

増額されない部分があることは、年金事務所に確認しなければわからない

今回のケースでは、幸いなことに67歳の時点でFPからの助言があったため、増額されない部分があることが明らかになりました。しかし、実際には、繰下げ受給を終え、いざ老齢厚生年金の受給を開始する際に、このような事実が明らかになることが多いです。

この問題が生じる原因は、繰下げ受給中に送られてくる通知書には、年金支給停止の記載がされていないためです。

このように、公的年金を受給できる年齢に達しても、現役のころと同様の収入がある場合、二ノ宮さんの事例のように、厚生年金の一部が増額されなかったというケースも存在します。

そのため、在職老齢年金に該当するほどの収入がある場合は、事前に年金事務所に相談し、繰下げ受給をすることで、年金受給額にどのような影響が出るのかを、確認することが大切です。


辻本 剛士
ファイナンシャルプランナー
神戸・辻本FP合同会社 代表