おてんば娘を心配し、つい説教…嘉子の母・ノブの人柄

友人たちを連れて家に帰ってくると、ノブは笑顔で茶の間に迎え入れる。「お腹()いているでしょう?」 そう言って、すき焼きなど豪華な食事をふるまうこともよくあったという。良妻賢母を絵に描いたような人物。優しく子どもたちに接するが、しつけには少し厳しい。と、これが同級生たちの見た当時のノブの印象だった。

また、これについては嘉子の一人息子である芳武も、「祖母は行儀についてはうるさい人だった」このように証言している。

ふだんはとても優しい母なのが、たまに𠮟られた時には怖く厳しかったという。自分の義母を反面教師に、ノブは嘉子への干渉を抑えていたのだが、娘の言動が目に余ることもしばしば……。つい、きつい説教をしてしまったのだろう。

ノブが心配するような、嘉子のお転婆ぶりを物語るエピソードは数知れず。そのひとつにこんな話がある。 

とある日のこと、東京の街に珍しく雪が積もった。お使いを頼まれた嘉子は乃木坂()をスキーで滑走しながら商店に向かったという。偶然にでくわした警察官がそれを見て驚き、「やめろ! 聞こえんのか、止まれ!」と、静止しようと大声で叫ぶ。かなりスピードが出て危ない状態だったようである。

坂の下で止まったところで警官がやっと追いつく。捕まえて説教してやろうと、雨ガッパの帽子を(つか)んでその顔を見れば、「え! お前、女だったのか!」警官はさらに驚いた。まさか女性が、こんな危ないことをするとは思っていなかったようである。

説教されてその場は許されたというのだが、こんな感じだからノブも気が気ではない。結婚前の娘が傷物にでもなったら大変だ。嘉子を無事に嫁に出すことが、自分に課せられた使命のように思っていたのだから。

それでも、この頃のノブにはまだ余裕があった。時々、手綱を締める程度にして、学生時代はのびのびと楽しく過ごさせてやろう。そう思っていた。

最難関の女学校に入学して「一流の花嫁切符」を手にしているのだから、これには少々のお転婆や気の強い性格を包み隠すだけの効力がある。無事に卒業さえすることができれば、良縁が次々に舞い込んでくるはずだ、と。そんな母の思惑が、ガラガラと崩壊する事態が間もなく起こる。

青山 誠

作家