「介護難民」という言葉を知っていますか? 介護が必要であるにもかかわらず、施設でも、在宅でも、介護サービスを受けられない人のことを指します。そうした人たちからは「死んだ方がよっぽど楽」「早くお迎えがきてほしい」「長生き地獄」といった痛ましい声が聞こえてきます。今回の主人公は、昨年配偶者を亡くし遺族年金はあるものの、世帯年金が大幅に減ってしまった「介護難民予備軍」。どのような選択をするでしょうか。
私は“介護難民”予備軍…夫婦合わせて「年金約22万円」が一転。夫の逝去で80歳・専業主婦の妻が「遺族年金額」に悲観するワケ
夫婦合わせて22万円だが……80代の妻が絶句する、夫亡き後の「年金額」
登場人物
・ゆめこさん(以下、ゆ)……大正時代からタイムスリップしてきた26歳女性。なぜか、現代社会にめちゃくちゃ詳しい。
・ワイ(以下、ワ)……ゆめこさんの白い飼い犬。お菓子好き。ミーハー。
・有識者のおじさん(以下、お)……難しい単語や複雑な制度を解説してくれる物知りな優しいおじさん。
・カイゴウ ナミ(以下、主)……80歳(2023年配信当時、1943年昭和18年生まれ)。元専業主婦。昨年夫が亡くなった。
主:私の名前はカイゴウナミ、今年でもう80歳になるわ。昭和・平成・令和……東京オリンピックを2度経験して、もう随分長いこと生きているわね。
最近子どもの頃や、結婚して専業主婦になって、子育てに奮闘していた頃のことをよく思い出すの。今朝何を食べたかも思い出せないのに、昔々のことは、つい昨日のことのようにありありと思い出せるわ。年をとるってこういうことなのね。
ワ:ナミさん悲しい目をしてるね。
主:私が生まれたのは1943年、終戦間際の時期だった。小さい頃はどこもかしこも焼け野原。瓦礫が積まれた空き地で、よく近所の子どもたちと鬼ごっこをして遊んでいたわ。日本を復興させるために、大人たちが歯を食いしばって頑張っていた時代ね。日本全体が貧しくて、みんな今日を生き抜くのに必死だった。
ワ:戦争中に生まれて戦後を生きてきたんだね。
主:そうね。戦争中の記憶はさすがにないわ。一番古い記憶は、母の背におぶられて長い長い行列にいつまでも並んでいたこと。今思えば、お米や食料の配給に並んでいる列だったのね。母の着物をつかんだ手の感触が、かすかに残っている気がするわ。
お:ナミさんは、戦後の日本がどんどん復興していくのを、肌で感じながら育ったのですね。
主:ええ。私は大阪で生まれて、中学生のときに父の仕事の都合で東京の下町に引っ越してきたの。関西弁が珍しがられて、学校で冷やかされて嫌な思いをしたこともあったけど、東京の街の景色がめまぐるしく変わっていくのを見るのが楽しくて、引っ越してきて本当によかったと思ったわ。
特に31歳のとき、アメリカからやってきたコンビニエンスストア「ヘブンイレブン」が近所にできたときは衝撃を受けたわ! 「ヘブンイレブン」が日本に出店する第1号店で、地元はもう大盛り上がり!! オレンジの屋根に7の数字と英語を組み合わせた看板がハイカラでね、オシャレだったわ~。
今のコンビニは24時間営業だけど、当時は朝7時から夜11時まで16時間も営業しているお店なんて、とっても斬新でね。オープン日には私も子どもたちを連れて見に行ったわ。当時は雑貨が売っているお店が夜11時まで開いているなんて不思議で仕方なかったの。
ワ:ナミさん、あの「ヘブンイレブン」の日本第1号店のオープンを目撃したなんてすごいね!
ゆ:ナミさんのおっしゃる通り、コンビニは当初24時間営業ではありませんでした。時は流れ、現在は24時間営業が招く、従業員への過剰な負担が疑問視されています。
もしかしたら近い将来、再び7時から11時営業に戻る日が来るかもしれません。
ワ:コンビニは時代を映す鏡だね。
主:私が結婚したのは21歳のとき、お見合い結婚で相手は2歳年上の真面目でお堅い銀行員よ。夫はとにかく規則正しい人で、毎朝6時に起きて、夜は10時には寝る。お弁当も毎日同じものがいいって言うから、毎朝同じものを作り続けたわ。
とにかく変化を嫌う人で新しいものが苦手だったわね。私が24歳のとき、当時海外で大人気だったイギリス人モデル・ツィッキーが来日して一世を風靡したの。ツィッキーがしているショートカットやミニスカートのファッションを若い人たちがこぞって真似していたの。懐かしいわ~。そのとき夫は「日本の若者が全員、イギリス人に見えるようになってしまった。外国に住んでるみたいで落ち着かない」なんて言っていたわ。
ワ:なんか可愛いね。
ゆ:生きづらそうで、なんだか応援したくなりますな。
主:そんな夫も去年亡くなったわ。昔からヘビースモーカーだったから、肺がんでね。
ゆ:寂しいですね……。
主:そうね。だけど長男の家族が近くに住んでいるから、時々夕飯を一緒に食べたりして、賑やかな時もあるのよ。今一番の心配事といえば、これからの私の暮らしかしら……。
ワ:今のままじゃダメなの?
主:そういうわけにはいかないわ。私ももう80歳。この先介護が必要になるかもしれない。でも3人の子どもたちは、仕事に子育てに一番忙しい時期でしょ?
もし同居するとなると近くに住んでる長男家族になると思うの。だけど長男は仕事で毎晩遅くて、休日出勤もたまにしているみたいなの。そうなるとお嫁さんが中心になって私の介護をすることになるでしょ。姑の介護をしてもらうなんて、どうしても気が引けるわ。
だから元気なうちに老人ホームに入りたいって思ってるんだけど……そうなるとお金がかかるじゃない? わたし、夫が死んでから年金が減っちゃったから、そんなにお金がないのよね……。
ワ:旦那さんが亡くなると年金ってそんなに減っちゃうの⁉
ゆ:平成29年度に政府が発表した年金モデルを例に確認してみましょう。
ワ:細かい計算が必要ない人はとばしてね!
ゆ:現在のシニア夫婦、最も典型的な例は、会社員の夫と専業主婦の妻の組み合わせです。
ワ:ナミさんもこの組み合わせだね。
ゆ:夫が会社員の場合、夫は年金を原則、基礎年金と厚生年金の2つがもらえます。
お:平均的年収の会社員だった場合、基礎年金+厚生年金、合わせて月平均約15万4,777円(※)程度といわれています。
一方。専業主婦の妻は、国民年金(老齢基礎年金)のみ受給します。約月6万4,816円です。
ゆ:ここでいう基礎年金とは2023年動画配信当時に、「昨年亡くなったナミさんの旦那さんが、ご存命だったときの老齢基礎年金」の満額を指すため、本記事では2022年(令和4年度)の老齢基礎年金の満額を採用しています。(参照:令和4年4月分からの年金額等について|日本年金機構)
(※)令和4年4月分からの厚生年金額(夫婦2人分の老齢基礎年金を含む標準的な年金額)を参考に算出
月15万4,777円+月6万4,816円=21万9,593円
ゆ:つまり旦那さんがご存命の頃、仮にナミさん世帯は21万9,593の年金をもらっていたと想定されます。
ワ:ふむふむ。
ゆ:遺族年金は夫の年金の4分の3です。
お:ここで注意が必要です。子どもがいる夫婦の場合、子どもが18歳未満か、18歳以上かで計算方法が異なります。
子どもが18歳未満の場合は夫の年金、つまり、基礎年金+厚生年金の合計額の4分の3が遺族年金額になります。ですが、子どもが18歳以上の場合、基礎年金の一部である、遺族基礎年金の受給要件「18歳未満の子(障害がある子の場合20歳未満)がいること」を満たせません。この場合、夫の年金から、基礎年金を引いた、厚生年金の4分の3が遺族年金の額になります。
主:うちの子どもたちは3人とも18歳以上の成人よ。すでに全員社会人でそれぞれに家庭をもっているわ。
お:ということは、旦那さんの厚生年金の4分の3がナミさんの遺族年金額です。平均的年収の会社員の年金の内訳は、基礎年金が6万4,816円、厚生年金が8万9,961円です。夫の厚生年金、8万9,961円の4分の3は6万7,471円です。
6万7,471円(亡くなった夫の遺族年金)+6万4,816円(妻が受給している基礎年金)=13万2,287円
ゆ:つまり、ナミさんが受け取る遺族年金は6万7,471円です。この遺族年金と、自身が受給している国民年金(老齢基礎年金)の6万4,816円を合わせると13万2,287円です。ナミさんが現在(2023年現在)受給している年金は、総額13万2,287円です。
ワ:あれれ、遺族年金て旦那さんを亡くした分、余分にもらえるイメージだったけど、世帯年金で考えると、むしろ減っちゃってるってこと?
主:そうなのよ。
ゆ:旦那さんがご存命のときに約22万円もらっていた世帯年金が、今は約13万円、約9万円も減ってしまったのです! ナミさんは79歳で突然、年金が約40%カットされてしまったようなものなのです。
ワ:なんと!
主:まいっちゃうわよね。夫と2人暮らしから1人暮らしになったからって、生活費が半分になるわけじゃないじゃない? 毎月の光熱費や食費なんて1人でも2人でもそんなに変わらないもの。生活費だけじゃないわ。自宅の修繕費や固定資産税、孫の節目のお祝い金なんかのまとまったお金だって、1人暮らしになったからって半額になる訳じゃないでしょ?
お:ちなみに、今回は2022年(令和4年度)のモデル受給額を参考にしましたが、年金は賃金や物価の変動に応じて毎年4月に改定することとなっています。ナミさんと同じ68歳以上の方は、令和5年の改定により、前年と比べて年金が1.9%アップしています。さらに令和6年には令和5年と比べて2.7%アップし、月額67,808円(令和6年度の昭和31年4月1日以前生まれの方の老齢基礎年金の満額)です。毎年確認するようにしましょう。
主:夫の生前に遺族年金についてもっとしっかりシミュレーションしておくべきだったわ。でも夫が亡くなった後のお金の勘定なんてね、縁起でもないし……気が引けてね。
ワ:考えたくないよね。