毎年この時期に美しい花をつける「桜」。日本の国花であり、日本を象徴するシンボルとして多くの人から愛されていますが、なぜ日本人は桜に心惹かれるのでしょうか? 山陰地方で呉服店を経営する、日本文化にも詳しい池田訓之氏が、桜の豆知識を紹介します。
日本人の命「お米」と桜の深い関係
また、日本人の桜好きは、生きていくうえで最も大切なものである命綱を連想させるからでもあります。
日本人の命綱といえば米です。さ神さまの「さ」とは「神霊」を現すと前回述べましたが、農家の人々のなかでは、「さ」は神霊のなかでも特に「早苗」つまり「稲の苗の神様」を現すといわれているのです。 農家では、稲の苗の神様である「さ神様」が宿るから、「さ座(くら)」と呼んできたのです。
そして、稲作の始まった弥生時代から、桜が花をつけると、農家の人は、桜に日ごろの感謝と豊作への願いを込めて、酒とお供えを捧げてきました、と同時に田植えを始めました。桜の花がやがて散ると、「さ神様」は、苗に憑依し、秋の豊作をもたらしてくださると信じて、田植えを始めるのでした。
たとえば、奈良県の吉野山、この山には古来からやまざくらが日本一数多く茂り、また最も人気のある桜の種であるソメイヨシノも吉野山にちなんで「ヨシノ」と名付けられているように、最も有名な桜の名所のひとつです。
この吉野山には古来よりたくさんの桜が咲き誇ってきましたが、同時に稲の苗の神である「さ神様」が宿る霊山として山岳信仰の拠点にもなってきたのです。七世紀には金峯山寺が建立されますが、ご本尊である金剛蔵王権現も桜の木に彫られています。
桜は日本人の生きざまそのもの
このように、桜はたんに儚いだけではなく、実は我々の命を支える命綱として強さの象徴でもあるのです。
最近の例だと、アカデミー賞などに複数ノミネートされた、トム・クルーズ主演の映画「ラストサムライ」(2003年)のなかで桜の美しさと日本人の人生感が見事に重ねて表現されていました。元米国軍人オルグレーン(トム・クルーズ)の武士道の師匠であった、武将勝元(渡辺謙)が切腹するシーンで、満開の桜が散っていく絵が同時に映し出されます。それにより、勝元の力強く、しかし時代の波に飲み込まれていく儚い人生が、スクリーン上に凝縮されていました。