脈々と受け継がれる「紳士」の概念内容

キケロの最大の功績は、ギリシアの哲学用語の大部分をラテン語に翻訳することによってローマの言語と精神に植えつけたことです。当時のローマでは、政治権力こそが最大に意味のあるものとされ、哲学などは役立ちもしないたわごととされていたのです。

もちろん、彼の『義務について』も、地域、時代を越えて大きな影響を与えました。キリスト教神学者アウグスティヌスもキケロの著作を読み、結果としてキリスト教倫理に影響をもたらすことになりました。その後、キケロは忘れられていたのですが、14世紀半ばのイタリアのルネサンスの時代に、詩人フランチェスコ・ペトラルカ(1304~1374)が古文書の中からキケロの手紙類を見つけ、キケロがラテン文化を代表する人物となってよみがえりました。

そして(ラテン語が世界共通の学術言語であった)19世紀までキケロの著作がもっとも多く読まれており、その文章がラテン語学習の教科書となって使われていました。キケロから影響を受けた有名な哲学者としては、カント、ミル、オルテガ、ハンナ・アーレントらがいます。

また、キケロこそ人文主義(ユマニスム、英語ではヒューマニズム)という概念を形成した人であり、ヨーロッパでの「紳士」の概念内容の始まりが『義務について』から生まれてきたのです。

賢人のつぶやき 命があるかぎり、そこには希望がある

白取 春彦

作家/翻訳家