キルケゴールは当時多くの思想家とは反対に、人間の「実存」を重視する考え方を展開しました。著書『死にいたる病』のなかで、病そのものだとされている「絶望」とは、いったい何のことなのでしょうか。キルケゴールの思想について、著書『超要約 哲学書100冊から世界が見える!』(三笠書房)より、白取春彦氏が解説します。
「理性」よりも人間の「実存」を追求したキルケゴールの思想
キルケゴールが「実存」という考え方を打ち出したのは、当時の思想の主流であったヘーゲルの考え方に強い異議をとなえるためでした。つまり、ヘーゲルやフォイエルバッハたちは何事も「理性」(という観念)の発展で説明し、社会全体こそ理性の表れなのだとして、個人のそれぞれの存在を社会の発展の一過程にあるものにすぎないととらえるか、ほとんど無視していたからです。
もちろん、人間を階級で規定してしまうマルクスの思想にもその傾向があります。それから、マルクスは自己疎外について問題にして商品の生産と結びつけましたが、同時代のキルケゴールはまったく別の内的次元で自己疎外を絶望という言葉で表現しています。
理性や理念ではなく人間そのものを考察するキルケゴールのこういう考え方はそののちに出てくるサルトルやマルセルに強い影響をおよぼしています。
また、キルケゴールによる人間の苦悩の分析は、現代においてもまだ通じるところがあります。というのも、現代人に特有の「自分探し」こそ、絶望の淵におちいらないためのあがきの一種だともいえるからです。終点にたどりつかない「自分探し」をさせているのは、絶望への坂道にある不安や不全感だからです。
賢人のつぶやき 人生は後ろ向きにしか理解できないが、前を向いてしか生きられない
白取 春彦
作家/翻訳家