「聴ける本屋さん」オープンのきっかけ
――「聴ける本屋さん」をオープンしようと思ったきっかけを教えてください。
読書のダイバーシティ化っていうところがすごく大事だと思っています。きっかけは、祖父がすごい本好きな人だったんです。研究者で書斎には大量の本があった。ですが60歳のときに緑内障を患って80歳で亡くなるまで20年間、本を読めなくなりました。
だけど本を読むために闘った痕跡が残されていて……虫眼鏡があったり、大きな拡大鏡があったり。以来、目が不自由な人のために何かできないかっていうのをずっと考えていました。
色々調べていったときに、目が不自由な方向けのサービスでも、実は目が不自由な方に届かない実態があることに気づきました。要するに、目が不自由だと自分で情報を取りに行けない。だから多くの場合、家族が情報を取ってその人(目の不自由な人)に届けるしか手立てがない。ところが、家族のアンテナが高くないと、(情報が)届かない。
であるならば、目が不自由な人向けの「本を聴く」サービスではなく、目が見える人に「本を聴く」文化を広げることによって、目が不自由な方にもサービスが届くというふうにした方が、より広く目的を達成できると考えました。
――オーディオブックというデジタルコンテンツを作るにあたり、工夫している点・こだわっている点はありますか?
ユーザーが長時間の利用をしても疲れにくく、聴き取りやすい音声のクオリティにこだわっています。たとえば文芸作品のなかには、1人が読み上げるのではなくキャラクターごとに声優を分けたり、シーンに合わせて音楽を入れたりという演出をする作品もあります。作品ごとにどういうふうに伝えれば、ユーザーにとってよい作品になるのか? 著者にとって、正しい演出になっているか? きちんと考えながら作っています。そのため作り方は書籍によって千差万別です。著者の方と事前に打ち合わせをすることもあります。
――今後の展望について教えてください。
聴く読書がもっと浸透することによって、「本が苦手」という子どもがオーディオブックを聴いたのをきっかけに本を読むのが得意になったり、祖父のように晩年から視力を失った人が書籍からオーディオブックに移行したり、そうした流れがスムーズにいくようになると思います。
現在は聴く本が置いてある書店は一般的ではないですが、5年後には「書店に行けば読む本も聴く本も選べる」というのが当たり前の景色になっているというのを目指したいと思っています。
まとめ
時間、場所、障がい……あらゆる制限を越境する「バリアフリー読書」は、「聴ける本屋さん」の登場で今後ますます広がりを見せていきそうです。
今回スポットを当てたオーディオブックはITサービスですが、そこで配信されるデジタルコンテンツは、1つ1つの作品ごとに作り手の情緒でつむがれる、血の通った製品であることが分かりました。「バリアフリー読書」の先では、日常生活ではついに出会うことなかった人たちの、瑞々しい感性に触れる機会に出合えます。
あなたがこれまでの人生で、一番面白いと思った本は何ですか?――この問いにすべての人が答えられる世界がくることを願ってやみません。
取材協力/株式会社オトバンク 代表取締役会長 上田渉
文/福永奈津美