※本稿は、テック系メディアサイト『iX+(イクタス)』からの転載記事です。
水生昆虫からヒントを得た人工エラ
人工エラのモデルはなんと水生昆虫のマツモムシ。AMPHICOのCEO、亀井潤氏はもともと東北大学でバイオミメティクスの研究をしていました。バイオミメティクスとは簡単にいうと“生物模倣”のことで、自然の生物や植物を観察して科学技術に役立たせる研究を指します。レオナルド・ダ・ヴィンチが鳥の飛び方を観察して飛行機を設計した例などは、バイオミメティクスの走りと言えるかもしれません。
亀井氏は水生昆虫の呼吸法や体を覆う毛に着目して人工エラの研究を進めました。水生昆虫の体を覆っている毛は撥水性に富んでおり水中でも薄い気泡を保てるため、酸素を取り込むことができます。この仕組みを応用し、水中の酸素を効率的に取り込むには表面積を最大限広く取る必要がありました。
それを実現するための最適な形をコンピュータに計算させたところ、細かいジャバラの連なりのような形状が誕生。このデザインを3Dプリンタに読み込ませて完成したのが「人工エラ」です。試作品はジャバラ状の人工エラを首下に3重にかけたような斬新なデザイン。さらに同素材のマスク状のアイテムを着用しています。
地球の温暖化はこのまま進むと、およそ100年後に海面が100cm上昇すると試算されています。実際1901年~2018年までのあいだに海面は20cmほど上昇していますが、上昇スピードは年々上がっています。このまま海面上昇が進めば水中で暮らすことを余儀なくされる国々も出てくるかもしれません。
人工エラはそんな「万が一の未来」を想定して開発されました。人間はそう遠くない未来、酸素ボンベなしで人魚のように水中を泳ぎ回るようになるのかもしれません。
100%リサイクル可能で有害物質も排出しない「AMPHITEX」
さらに、亀井氏はこの人工エラで使用した特殊な素材を応用してAMPHITEXというテキスタイルの開発もしました。AMPHITEXは100%リサイクル可能で有害物質を有さないという点が注目されるポイントのひとつです。
AMPHITEXは透湿防水生地の進化版となります。従来の透湿防水生地はアウトドアウェアにも非常によく使用されている素材です。代表的な従来生地としてゴアテックスが挙げられますが、有機フッ素化合物など人体に影響を及ぼす有害物質が多く含まれていることが問題視されていました。さらにリサイクルが難しい生地のため、廃棄に年間3億㎡が使われているという現実があります。
2019年に世界中でパンデミックが起こり、ソロキャンプなどのアウトドアが注目されたため透湿防水生地の使用率は高まりました。しかし自然と親しみたい人間が、結果的に地球の環境破壊の一端を担ってしまうという何とも皮肉な結果となってしまったのです。
そんな従来生地の概念を一新したのがAMPHITEXでした。100%リサイクル可能なサスティナブルさに加え機能性も抜群。撥水性は有機フッ素化合物に近い機能を持ちつつ、コストも3分の1で抑えられるAMPHICO特有の素材配合を使用しています。防水性も兼ね揃えた新素材はまさに未来のファッションを形作る第一歩といえるでしょう。
従来の透湿防水生地をAMPHITEXに変えることで、300万tのCO2の削減、5000tもの有機フッ素化合物の環境流出を防ぐことができるといいます。
アメリカのカリフォルニア州では2025年以降、フッ素系の有害物質を含むアパレル用品の販売禁止が決定しています。その動きはヨーロッパ諸国をはじめ世界各国に拡がっていくでしょう。日本ではまだそこまでアパレル用品に関する規制はないものの、アメリカよりも2~3年遅れでアパレル系リサイクル問題が取り沙汰される可能性は高いといえます。